糖質制限とがんの関係を
調べた研究の結果は?
ケトジェニックダイエットは、元々、子どものてんかんの治療法として用いられていました(*1)。そこから派生して、1960年代からは、肥満、糖尿病、にきび、神経疾患、がんに対する治療法として研究されてきました。
理論的に完全に破綻しているわけではなく、実際に研究も続けられてはいます。事実、果物の糖分を加えるとがんの進行が少し速くなったという研究結果もあります。ただし、あくまでも動物実験のレベルであり、信頼性の高いものとは言えません。
多くのがん細胞は、表面にインスリン受容体およびIGF-1受容体を発現しています。糖分はこの受容体と結びつくので、血液の中のインスリン量が高かったり、血糖が高かったりすると、がんの進行を速めるという仮説が以前からあるのです。
マウスを使った実験では、糖分のカットががんを縮小させたという研究はあります(*2-3)。しかし、人を対象にした研究は小規模かつ、方法論に問題があったりして、はっきりした結果は出ていません(*4-5)。人間において、糖分を制限することでがんの進行が緩やかになるというデータは存在しないのです。
今後の研究によって変化する可能性はありますが、現状ではケトジェニックダイエットによって、がんが治る、もしくはがんの進行が緩和するという根拠はないと言っていいと思います。
「コーヒー浣腸」には
死亡例も
「ゲルソン療法」という腸内洗浄によるがんの民間療法についても触れておきます。これはおそらくケトジェニック・ダイエットに次いで有名な食事療法です。
元はドイツ出身のゲルソンという人が提唱した民間療法で、コーヒーを用いた浣腸を行うものです。これによりデトックスをしつつ、大量の果物や野菜、野菜ジュースを摂取していきます。
とても有名な民間療法ですが、ゲルソン療法ががんの進行をゆっくりにしたり、収縮させるというエビデンスはありません。それだけでなく、コーヒー浣腸による死亡例も報告されており、がん患者には推奨できないという医学論文も発表されています(*6-7)。
さらに、肌改善を謳ってコーヒー浣腸を販売した業者が逮捕されるという事件が、数年前に日本で起きています(*8)。腸に穴が開く恐れもあって非常に危険なので、絶対に避けましょう。
食事療法ではがんは治らない
その他の食事療法(ダイエット法)についても、2つほど解説していきます。現時点ではがんに対する効果は確認されていませんが、ひょっとしたら、この先、「がんに効く」というエビデンスが出てくるかもしれません。
まずは、「選択された野菜」を摂取するダイエット法です。大豆やマッシュルーム、緑豆、ナツメなどを率先して食べると免疫活性効果が得られると言われています。ステージ3、4の非小細胞性肺がん患者の生存期間を延ばしたという報告がありますが、エビデンスが不足しているのが現状です(*9-10)。
2つめが、肉を食べずに、野菜だけ食べるオーニッシュ・ダイエット。ビタミンBとC、大豆製品を摂取すると、早期の前立腺がんの進行を緩めるという報告はあるのですが、こちらも確定的なことを言うにはエビデンスがまだ不足しています(*11)。
その他にも、食事法はたくさんあります。しかし、どれもエビデンスが不足しているので、無暗に信じるのは危険です。ひょっとしたら可能性のあるものもいくつはありますが、現時点では「がんを治す」、もしくは「進行をゆっくりさせる」食事法は存在しません。
なお、私たちは、がん患者さんにとって食事が重要ではない、と言っているわけではありません。がんを治療するにあたり、体力や気力を維持するためにも、食事は重要です。
実際に、世界で行われている食事法の研究の多くは、手術や抗がん剤治療などの通常の治療法と食事を組み合わせることで、治療効果を改善したり、副作用を減らしたりすることが証明できるのではないかと期待されて行われています。
食事はあくまで医学的治療をサポートする役であり、その代わりになるほど強力なもの(がんを縮小させる効果があるもの)ではないことに注意が必要です。
『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療』には、食事法はもちろん、通常の治療法や、予防法、検診など、がんに関するさまざまな知識をわかりやすくまとめています。ぜひご覧ください。
*1 Neal EG, Chaffe H, Schwartz RH, Lawson MS, Edwards N, Fitzsimmons G, Whitney A, Cross JH (2008) “The ketogenic diet for the treatment of childhood epilepsy: a randomised controlled trial,” Lancet Neurol; 7(6):500-6.
*2 Warburg O, Wind F, Negelein E (1927)“ THE METABOLISM OF TUMORS IN THE BODY,”J Gen Physiol; 8(6): 519-30.
*3 Tisdale MJ, Brennan RA, Fearon KC, (1987) “Reduction of weight loss and tumour size in a cachexia model by a high fat diet,” Br J Cancer; 56(1): 39-43.
*4 Schmidt M, Pfetzer N, Schwab M, Strauss I, Kammerer U (2011) “Effects of a ketogenic diet on the quality of life in 16 patients with advanced cancer: A pilot trial,” Nutr Metab (Lond); 8(1): 54.
*5 Fine EJ, Segal-Isaacson CJ, Feinman RD, Herszkopf S, Romano MC, Tomuta N, Bontempo AF, Negassa A, Sparano JA (2012) “Targeting insulin inhibition as a metabolic therapy in advanced cancer: a pilot safety and feasibility dietary trial in 10 patients,” Nutrition; 28(10): 1028-35.
*6 Eisele JW, Reay DT (1980)“ Deaths related to coffee enemas,” JAMA; 244(14): 1608-9.
*7 Green S (1992) “A critique of the rationale for cancer treatment with coffee enemas and diet,” JAMA; 268(22): 3224-7.
*8 「『肌改善』“コーヒー浣腸” 違法販売容疑 元社長ら逮捕」『産経新聞 東京朝刊』、2015年12月3日号、24頁
*9 Sun AS, Ostadal O, Ryznar V, Dulik I, Dusek J, Vaclavik A, Yeh HC, Hsu C, Bruckner HW, Fasy TM (1999) “Phase I/II study of stage III and IV non-small cell lung cancer patients taking a specific dietary supplement,” Nutr Cancer; 34(1): 62-9.
*10 Sun AS, Yeh HC, Wang LH, Huang YP, Maeda H, Pivazyan A, Hsu C, Lewis ER, Bruckner HW, Fasy TM (2001) “Pilot study of a specific dietary supplement in tumor-bearing mice and in stage IIIB and IV non-small cell lung cancer patients,” Nutr Cancer; 39(1): 85-95.
*11 Frattaroli J, Weidner G, Dnistrian AM, Kemp C, Daubenmier JJ, Marlin RO, Crutchfield L, Yglecias L, Carroll PR, Ornish D(2008) “Clinical events in prostate cancer lifestyle trial: results from two years of follow-up,” Urology; 72(6): 1319-23.