優先株式と普通株式の価値は根本的に異なる

朝倉:加えて、根本的な話として、普通株と優先株の価値の違いにも留意すべきだと思います。スタートアップのバリュエーションは慣習的に直近のラウンドの株価をもとに算出されますが、昨今のベンチャーファイナンスでは、得てして優先株が活用されています。

普通株と優先株とは、本来価値が異なるため価格差があるはずです。にもかかわらず、直近ラウンドの優先株の価格をベースにし、普通株式も含めた全発行株数と掛け算することで、その会社全体のバリュエーションを測るような慣習には疑問を覚えます。

例えば、時折目にする「ユニコーンリスト」や「バリュエーションランキング」といった類のリストに掲載されいてる数字ですね。あくまで便宜的な試算方法を基にした表面上の数値にすぎません。

村上:そうですね。会社のバリューを、どの株をベースに考えるべきかというと、基本的には普通株だと思います。長期的に上場することを考えるならば、普通株が一般的な株主が取得できる種類の株式ですからね。

一方で、主に優先株を発行して値付けをしている会社で、優先株を基準として企業価値が語られているとすると、そこには大きな認識の隔たりがある気がします。

優先株は、普通株に様々な権利が付加されているのが特徴です。代表的なのが、優先的な議決権や取締役・監査役の選任権、優先分配権などですね。優先株ではこれらの条件を具体的に設計することが可能です。このような付加的権利があるという性質上、株価は普通株よりも高く設定されます。

ですので、バリュエーションが100億円だったとしても、普通株の100億円なのか、優先株の100億円なのかで大きく本来の価値が異なるはずです。さらに、どのような条件の優先株なのかによっても価格は異なるはず。これらの点は、優先株と普通株の価格差を考える際にはよく議論すべきポイントだと思います。

朝倉:資金調達ラウンドに際し、予めバリュエーションが先行して定められていて、その上で優先株の条件は後で決めましょう、というケースは、本来の普通株と優先株の意味を考えるとおかしな話だと思います。優先株の内容次第ではバリュエーションが上がり下がりするのは当然ですから。

これまで個人でエンジェル投資をしてきた際、経営者の方にお勧めしたことがあるのですが、投資家とバリュエーションの交渉をする際、優先株をベースにしたバリュエーションを提示されるのであれば、「普通株だといくらで評価してくれるのですか?」と聞いてみたらいいと思うんですよね。想定している優先株の条件を全て取っ払ったら、いくらで評価してもらえるのかと。

バリュエーションの数字だけ見て交渉していて好条件を得たと思っても、優先株の条件が評価額以上に厳しいのであれば、意味がないですからね。そのくらい、優先株の条件には本来価値があるはずですが、投資する側もされる側も、あまり意識していないのが現状なのではないかと思います。

小林:特に、昨今では優先株の条件が相当工夫されています。ひと昔前までは、役員選解任権や情報請求権のような限られた条件が多かったですが、現在では優先分配率やラチェット条項など、経済的利益と明らかに結びついているようなものも見受けられます。

そういった状況の中で、権利が保護されていない普通株と優先株の価値が同じだというのはそもそもおかしいという気はします。

村上:実際にあった事例ですが、起業家側が「本当はもう少しバリュエーションを上げて欲しい」と思う投資家に、「バリュエーションは上げられない」と言われたと。「では、そのバリュエーションでもよいので、優先株ではなく普通株にしてもいいですか?」という提案をしたら、あっさり通ったそうです。

そのように、投資家もあまり意識していない方もいるのが実態ですので、起業家側がきちんと意識できればいいのではないでしょうか。

朝倉:非上場会社は、上場会社とは異なり、発行体に対して一部のごく限られた投資家との相対取引で条件が決まるケースが多いため、バリュエーションは簡単に歪んでしまいます。なので、未上場でのバリュエーションを、マーケットで評価されている時価総額と同等のものだと盲信するのはやめたほうがいいのではないかという気はします。

起業家の方がバリュエーションを上げたいと思う気持ちは非常によくわかりますが、そのためには根本的にファンダメンタルなバリューを上げていくしかありません。

起業家の中には、周囲のスタートアップや友人が大規模な調達をしている様子を見て、負けじと大きな額を調達しようとなさる方もいるように見受けられます。こうしたある種の見栄も、評価額の上昇に多少の影響を及ぼしているように見受けます。

これは何も今に始まったことではありませんし、2015年にNewsPicksで私が連載していた「論語と算盤と私」でも指摘したことです。
周囲のスタートアップに触発されて対抗心を燃やす気持ちはわからないこともないのですが、適した資金量や評価額は、各社の業態や成長フェーズによって当然異なります。

周りの起業仲間の会社と調達額や評価額の大きさを単純に比較せずに、ファンダメンタルなバリューを上げていくことを意識しておくことが大切なんだと思います。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/2/24に掲載した内容です。