そのバリュエーションは本質的な事業価値に基づいているか?

朝倉:次に、2点目の「事業の本質的な価値に紐づいたバリュエーションか」について考えてみましょう。

村上:頻繁に目にするのが、前回のバリュエーション以後の特定のKPIの進捗だけを根拠にしたバリュエーションです。例えば、「前回のラウンドでは50億円のバリュエーションで、そこから売上高が倍増したので、今回のバリュエーションは100億円です」といったようなケース。

小林:実際には、こういったケースは一番多いのではないでしょうか。注意深く見ると、前回ラウンドに立てた事業計画を下回っていたりするのですが、KPIが倍になっているために評価額も倍に、といった事例はよく目にします。

村上:そうですね。前回のラウンドでは、その時点で立てた事業戦略・計画が正しく実行されるという期待をもとに値付けがされているわけですよね。その後、時間が経過すれば当然、事業戦略の前提となる競争環境やマクロ環境も変わりますから、値付けのタイミングごとにそれらを総合的に判断して、値付けをしなければなりません。

そのため、例えば売上やユーザー数・顧客数のような、特定のKPIの前回差だけを価値評価の根拠とするのは、理論武装としては非常に弱い。

小林:加えて、上場がある程度見えてきた会社と証券会社によるビューコン(ビューティー・コンテスト。主幹事証券会社を決めるために、複数の証券会社により行われるIPOに向けたプレゼンテーション)上に算定されているバリュエーションにも、同様のことが言えるんじゃないでしょうか。実際には、ビューコンに記載されている数字の通りに上場する会社は実際にはほとんどありません。

その一方で、ビューコンの数字をもとに「上場するとこのくらいの評価額だとも言われています。それを踏まえ今回のバリュエーションは〇〇円です」という主張をするケースは、数が多いとは言えませんが、まま見受けられます

朝倉:主張の趣旨は、「ビューコンで想定されている上場時の時価総額に比べたら割安です」ということなのでしょうが、そもそも、ビューコンでの評価額とは、事業計画が数年後に確実に達成されていることを前提としています。また、ビューコンはその性質上、証券会社側の営業資料でもあるため、発行体側にとって魅力的な資料を持ち込もうというインセンティブが働いている点にも留意が必要でしょう。

小林:そうですね。ビューコンに記載されているのは、実際に起こり得るエグゼキューション・リスクを全て除外して、全てが想定通りに運んだ場合の算定です。そのことを踏まえると、鵜呑みにするのは難しい。

朝倉:「事業の本質的な価値に紐づいたバリュエーションか」という観点に戻ると、希望する調達額をベースにしたバリュエーションもこれに当たるんじゃないでしょうか。必要な資金調達額と、許容できる希薄化率ありきで設計されているバリュエーションです。

村上:はい。必要な金額と希薄化率は事業自体のファンダメンタル・バリューとは無関係な指標ですが、意外とそれを根拠としてバリュエーションを設計しているケースも見受けられますよね。

朝倉:具体的には、「今回どうしても10億円調達したい。けれど許容できる希薄化率は10%が上限です。なので、100億円以上のバリュエーションでお願いします」といったような内容をスタートアップの方が主張なさるケースです。

小林:このパターンは多いですね。調達額と希薄化率自体は、経営者であれば意識すべき指標なので、考慮すること自体は非常に重要です。しかし、これだけを根拠にバリューを提示されると、投資家側は「本当だろうか?」と警戒せざるをえません。

朝倉:希薄化率はバリュー算定のために用いるよりも、既存株主にとって資金調達の経済的合理性があるかを点検するための検算用の数字じゃないでしょうか。仮に内心では希望調達額と許容できる希釈率を最重視していたとしても、それを根拠にして正当性を主張するのは、ちょっと違うんじゃないかと感じてしまいます。

村上:そうですね。ミドルからレイターステージにかけては機関投資家が参入する割合が高まりますが、正直、彼らが事業計画を鵜呑みにしてバリュエーションすることはまずありません。独自に事業計画を精査し、ファンダメンタル分析を行い、期待できる成長率や収益性を算出した上で、バリュエーションを行います。

一方で、会社側がファンダメンタルズ指標に紐づかない説明をすると、コミュニケーションのズレが生じてしまいます。

投資家から見たスタートアップのバリュエーションにおける留意点

朝倉:3点目は、根拠のある妥当な事業計画に基づいた値付けか。言い換えれば、疑わしい事業計画に基づいた値付けではないかどうかですね。

 

村上:事業計画自体の根拠が非常に薄いパターンですよね。よくあるのが、成長可能性のロジックを説明することに重きが置かれているケースですが、そこに至るまでの過去の指標・計画からの連続性や、過去の計画に対する実績が欠如していると、どうしても説得力や迫力は薄れてしまいます。

例えば、「実績推移に比べ、今回の計画ではKPIが大幅に飛躍する前提を引いているのはなぜか」、「過去計画は未達なのに、今回は達成できると見立てているのはなぜか」、といった質問に対する説明が弱いと、バリュエーションの根拠となっているはずの事業計画への信頼性そのものが低くなってしまいます。

朝倉:そもそもこれまでの事業計画が全く達成されていないじゃないか、というケースもありますよね。以上の3点は、バリュエーションを検討する際、主にレイターステージの投資家が特に気にするポイントじゃないでしょうか。