周りとは違うことに取り組み、新しい価値観を生み出す。そんな若者たちの挑戦心は、いかにして育まれ、どんな原体験が今を支えているのか。今回は、平日は大手広告会社のサラリーマンとして激務をこなしながら、週末は世界を回るトラベラー。自ら「リーマントラベラー」と名乗る東松寛文さんです。
(聞き手/ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

中2のときにいじめを体験
人の目を気にする生き方に

東松寛文

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──この連載に、会社員の方が登場するのは初めてです。周りと違う面白いことをする人の“根っこ”を知りたいと思っているのですが、子供時代を教えてください。

 父は地方銀行員で母は専業主婦。二つ下の弟がいて、普通の日本の家庭に育ったと思っています。

 ただ、自宅の最寄り駅は新幹線の岐阜羽島駅で、車で10分くらいかかります。本当に田舎で、僕の家から向こうは全部田んぼ。近くには公園もないから、親に車で連れて行ってもらわなくてはいけなくて、公園で遊ぶというのはハレの日の一大イベントでした。

 近所には同世代もいなくて、幼なじみがいない環境でした。幼稚園にはバスで通っていましたが、わざわざ僕の町からそこへ通う人は少なくて、地元の小学校に入っても、知らない人ばかりでした。

──何をして遊んでいたのですか。

 幼少期の記憶があまりないのですが、3歳からピアノを習っていました。専業主婦の母が、人権擁護委員をしながらピアノの先生もしていたので、最初は母に習って、4歳からは別の先生のところに習いに行くようになりました。

 小学校では体が大きくて、背の順ではいつも後ろから1番目か2番目、運動も好きで、ガキ大将的な立ち位置でした。だから、ピアノを習っているというと女子みたいで恥ずかしく、やめたくて仕方なかったです。