トランプ大統領のWHOへの資金拠出を停止し脱退するという態度に、トランプ支持者は共鳴し、反トランプの現実派はアメリカの世界への影響力を弱めることを懸念している。ただアメリカ全体では中国やWHOへの不満が大きいので、反対の声はそれほど大きくはない。

 WHOに不満を持っている人は、世界にも多い。テドロス事務総長に辞任を求める署名も世界中から集まっており、トランプ大統領はそうした感情や不満を利用するセンスは抜群だ。まさにポピュリズムだ。

 しかし、アメリカのWHOからの離脱はアメリカの利益になる話ではない。確かに、テドロス事務総長が中国から受けた影響力は強く、世界の保健行政がゆがめられているという実態はあると思うが、アメリカがWHOへの拠出金停止で脅したり、離脱することは逆効果だ。途上国の新型コロナ感染対策はWHOが支援しており、アメリカの離脱は自身を悪役にして、中国の影響を強めてしまう。これまで最大の資金拠出国としてWHOを支えてきたアメリカの貢献とソフトパワーを自ら損なう愚行だ。

 1972年のニクソン政権の電撃的な中国訪問以来、アメリカは、中国の経済成長が進めば、民主化が進み、国際秩序にも貢献するパートナーになるという楽観論から、協力的なエンゲージメント(関与政策)を行ってきた。しかし中国の体制は独裁化を強め、東シナ海、南シナ海などで、既存の国際秩序に挑戦する形で、周辺国との対立を高めている。これまでの対中エンゲージメントは間違いだったというのが、共和党にも民主党にも共有され、アメリカの今の主流の考え方に変わっている。

ベトナム漁船沈没、尖閣周辺に進入…
「マスク外交」の裏で暴走する中国

―― 一方の中国は、経済の本格的な回復に向けて動き出すなど「一抜け感」もある。感染が深刻な国には支援を行うなど、外交政策に力を入れ始めている印象もあるが、コロナ後の中国の行動をどう評価するか。

 感染に関しては山を越えたともいえるが、経済に関して「一抜け感」はない。世界で最も経済に危機感があるのは中国かもしれない。皮肉だが、中国ほど、これまでの安定した国際秩序と、経済のグローバル化から利益を得てきた国はないからだ。

 中国は、「マスク外交」などと呼ばれるコロナ対策の援助を諸外国にしているようだが、さまざまな軋轢も起こしている。近隣諸国と領有権争いが続く南シナ海で新たに2つの行政区を設置すると発表し、中国の公船がベトナム漁船に体当たりをして沈没させ、尖閣諸島周辺の日本領海で日本の漁船を追いかけ、インドとは国境で小競り合いをし、コロナ感染の国内検証を求めたオーストラリアには大麦の輸入に80%超の追加関税を課す……など、自らのソフトパワーを損なう行為を行っている。香港に対する国家安全法制定もその1つだが、それだけではない。

 しかし、日本でもアメリカでも、中国のこうした動きをすべて把握している人は限られていると思う。自国のコロナ対策で手いっぱいだからだ。その隙に中国がこうした行動を取っている点は見逃せない。