そもそも中国の国際秩序に挑戦する姿勢は、長い目で見れば、中国のソフトパワーを損ない、利益にはならないはずだ。しかし、深刻な経済状況にある国民の不満を、共産党政権から外に視線をそらすためには必要なのだろう。アメリカからの批判への攻撃も同様だ。これはトランプ大統領の取っている手法と同じだ。
お互いに自分たちへの不満を外に向けるためには、米中はそれぞれに「便利な敵」かもしれないが、それを続けていると、米中対立が後戻りできなくなり、お互いの経済回復にもブレーキがかかる。国際政治面で、新型コロナ感染の最大の負の遺産は、各国の政治の内向き傾向を強めたことと、米中の不毛の対立を激化させたことではないだろうか。
ブロック経済化の恐れはあるか
ハイテク分野など「部分的な封じ込め」へ
――米中経済のデカップリング(切り離し)が進み、かつての「ブロック経済」の状態に陥る可能性はあるか。
それはまだわからない。中国は自らが影響力を与えることができる経済圏を持っており、アメリカが中国から全て手を引くのは賢い選択ではない。中国は、アメリカにとって魅力的な巨大市場であり、完全に切り離せば、アメリカ経済に大きなダメージがあることは多くのアメリカ人が理解している。アメリカ企業は中国市場で利益を上げており、中国市場を完全に切り離そうとしても、国籍を気にしない資本がアメリカから逃避して中国とのビジネスを続けるということもあり得る。これはアメリカ経済には大きなリスクだ。
そこで考えられるのが、中国を完全には切り離さないが、ハイテク分野など、軍事の優位性を維持するために、競争的なコアな技術に絞ってブロックする、「限定的関与」(Partial Disengagement)、あるいは「部分的デカップリング」(Partial Decoupling)という方向性だ。
香港の民主化弾圧、および台湾への波及の懸念もあり、今後、米中対立が加速化するのは間違いない。この状況は「米中新冷戦」と呼ばれているが、だからといって、アメリカが1972年以前の冷戦下での「封じ込め」政策に戻れるとは思わない。米中もかつての米ソ冷戦のように軍事的な緊張が高まることもあるかもしれないが、核兵器による抑止も機能し、偶発のリスクを除けば、お互いのダメージが大きい全面戦争の可能性は低いだろう。しかし、アメリカの中国への警戒はかつてないほど大きくなり、自国の世界での卓越した優位を維持するために、中国への軍事・経済両面でのけん制策が強くなるだろう。一方で、アメリカ企業は中国市場からの利益を失いたくないし、アメリカ政府にとってコロナからの経済回復は喫緊の課題であるため、先に示した「部分的デカップリング」が現実的な道となるのではないか。
――サプライチェーンのなかに中国が含まれる日本企業は多い。今後、日本企業はどう警戒すべきか。
米中対立の激化が現在以上に厳しい状況になることを覚悟し、それなりのリスクヘッジが必要になる。日本はアメリカとの同盟関係を維持しなければ、先鋭化する中国の軍事力に対峙できないことが政策の前提だ。アメリカが、中国への流入を止めたいハイテク技術に関わる半導体などでのアメリカの部分的デカップリング策を想定したヘッジが必要となる。中国に頼らないサプライチェーン構築は重要だ。
安全保障や外交などの政治目的達成のために経済手段を使用することを「エコノミックステートクラフト」と呼ぶ。冷戦期に、アメリカがCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)を発足させ、日本や欧州からのソ連への戦略物資の輸出を大きく規制したのが一例だ。中国が尖閣事案で日本へのレアアース輸出をやめたこともそうだ。
今後、日本企業も、アメリカの対中エコノミックステートクラフトと中国からの報復措置とその影響に備えておく必要がある。