一見、(1)初対面の患者には名刺を渡して自己紹介をする、(2)「何か気になることはありますか」という質問をして返答を得る、(3)それを記録に残す、(4)処置をする、(5)処置の結果を記録に残す……といったことが、いわばマニュアルになっていて、それに忠実に従って行動しているように思える。

 しかし、この医院では、歯科衛生士や医師が(1)から(3)までのアクションをし、院長が(4)(5)のアクションをするというように、アクションの引き継ぎが頻繁に行われているのだが、その場合の伝達マニュアルがないので、行動が十分に発揮できていないのだ。

 次の医師や院長への伝達には、他のプロセスにないエネルギーが必要になる。それが、「能動性」だ。私が院長に直接話しますと言ったときに、「あらかじめお聞きしておかなければ困る」と歯科衛生士が顔色を変えたことから、相当しっかりと、マニュアルが叩き込まれているように思えた。

 強制力が強まると能動性は低下する。スタッフを委縮させてしまって、伝達という行動がうまく発揮できていない可能性がある。マニュアルを徹底するあまり、行動発揮ができなくなるという本末転倒なことになりかねない。

マニュアルにない緊急事態下で
能動性を損なった企業も

 これはS歯科医院のケースだが、実はこれと同様の事態がさまざまな企業で発生している。従来、しっかりとしたマニュアルに基づいて業務遂行してきた企業も、マニュアルが通用しなくなった状況下では能動性が著しく低下する。

 緊急事態宣言下で一部しかマニュアルが作成できていない状況でマニュアルに記述されていないアクションの能動性が発揮されない。マニュアルに記載されていない行動を躊躇してしまい、能動的な行動として発揮されない。リモート状況下でスタッフ間の伝達や引き継ぎが円滑に進まない、といった状況だ。

 S医院のように、「何か気になることはありますか」という質問を始めに行うことは、相手を巻き込む効果のある、すばらしい仕掛けだ。それをマニュアルにして徹底すること自体は必要なことだ。

 しかし、能動性を損なうほど、マニュアルの履行を徹底してしまっては、行動発揮ができず、結果的にマニュアルが意味をなさなくなる。大事なことは、患者や顧客に対して、「何か気になることはありますか」と聞くことと同じように、前工程のメンバーや引き継ぎ相手に、「何か聞いておくことはありますか」「引き継いでいただけることがありますか」と質問することだ。簡単な質問だが、その質問をメンバーにも繰り出すことで、メンバーの能動性を誘発したうえで、マニュアルに則った行動を生み出すことができるのだ。