Googleの驚くべき発表

 小数点以下に不規則(ランダム)な数が無限に続くということは――有限の数の並びであれば――どのような数の並びも円周率の中には含まれるということである。あなたの誕生日と一致する4桁の数の並びはもちろん、地球上のいかなる人物の生年月日であっても、それと一致する8桁の数の並びがそこには存在するのだ。

 もっと言えば、文字情報をコンピュータに理解させるときのように、言葉を数値に変換すれば、シェイクスピアの『ハムレット』の全文を丸々数値に変換したものとまったく同じ数字の並びを見つけることだってできるだろう。これもまた「無限」の果てしなさを感じる話である。

 ただし、以上の話が成立するためには、円周率の数の並びが完全にランダム(そういう数の並びを乱数という)でなければならない。これまでにわかっている円周率の数字の並びの中から0~9の数字のそれぞれの出現回数を調べると、ほぼ同数になっていることからも、おそらく円周率の数字の並びは乱数であると思われているが、数学的な証明はまだなされていない。

 2019年の3月14日(円周率の日)に、アメリカのGoogle社は、日本出身の岩尾エマはるかさんが、円周率を小数点以下31兆4000億桁まで計算することに成功したと発表した。

 これは、2016年に作られたそれまでの記録を約9兆桁も更新する、ものすごい記録である。岩尾さんは12歳のときから円周率の計算に興味を持ち、かつて円周率計算の世界記録保持者でもあった筑波大の高橋大介教授のもとで計算科学を学んだらしい。

 円周率は正確な値が絶対にわからない数である。それにもかかわらず、円周率はおよそ円とは関係がなさそうな分野も含めて、ありとあらゆる数学や自然科学の数式の中に顔を出す。実に神秘的で不思議な「定数」なのだ。

「そんな重要な数なのに正確な値がわからないというのは不便だろう」とでも思ったのか、19世紀末のアメリカのインディアナ州で、なんと法律によって円周率の値が決められそうになったことがある。エドワード・J・グッドウィンという医師兼アマチュア数学者が「直径10の円の円周の長さは32である」という内容を含む論文を議会に提出したところ「グッドウィンの論文を数学の新しい真理として認め、青少年にこれを無償で教育する」という法案が作られてしまったのだ。

 この論文を認めると円周率はちょうど3・2ということになってしまう。しかも、こともあろうに、このトンデモ法案は下院において満場一致で(!)可決されたというから驚く。そのときたまたま州知事のもとを訪れていた数学者に、この法案の存在が知らされたことは、インディアナ州の若者たちにとって幸運だった。慌てた彼は「円周率の正確な値は決して定めることができない」と、夜を徹して上院議員たちに詳しく説明したそうである。そのおかげで、上院ではこの法案は無期限延期の議案となった。

(本原稿は『とてつもない数学』からの抜粋です)