「100:0」の交渉は
外交上の失敗である

秋山 ご著書の中で、イギリスの外交官で歴史家だった、ハロルド・ニコルソンが定めたという、外交官に必要な7つの資質について述べられています。(1)誠実(2)正確(3)平静(4)よい機嫌(5)忍耐力(6)謙虚さ(7)忠誠心。中でも最重要なのが、「誠実さ」だということですが。

片山 これらを全部備えた外交官にお目にかかったことは一度もないですね(笑)。19世紀、英国のパルマストーン首相(当時)が言った「英国には永遠の友も敵もなく、国益のみが永遠である」という冷徹な側面が外交の世界にあることも事実です。たしかに単なるお人よしでは、外交官は務まりません。けれども、国家の長期的な信用と安全、繁栄のためには、上記の資質はやはり必須のものであると思います。

秋山 わけても誠実さは筆頭に来ると。

片山 お話しした通り、団体交渉や国際会議では同じメンバーがそろうことが多いのです。狭い世界では、一度の不誠実な振る舞いや発言が、命取りになります。また、国益を代表している外交官が、目先の利益を優先して国民受けするのは、短期的には喝采を受けても長期的な国益に沿わないことは往々にしてあると考えています。

 もちろん常に冷徹に国益を考えて行動するわけですが、外交官といえども人間です。相手国の外交官に自分が信頼できる人間だと思ってもらえるかどうかが非常に重要です。それにはやはり、誠実であることが第一なのです。

 また、外交交渉というのはディベートではないので、相手国を「打ち負かす」のが目的ではありません。交渉の結果として、たとえば100:0は、外交上は「失敗」です。相手国に屈辱や怨恨が残れば、将来、力関係が逆転した時に報復される可能性があります。

秋山 なるほど。長期的に見れば、相手国に全く利益がないというのは良いこととはいえない。

片山 理想的な成功は、51:49で自国に有利な状態であること。長期的な関係のなかで、いかに自国の利益を高めるか、という観点が不可欠です。

米中関係をどう見るか
日本のプレゼンスは?

秋山 最後に、世界情勢についてお聞かせください。米中関係の緊張が増しています。コロナの問題もあります。日本はどのように両国と付き合うべきでしょうか。

片山 日本外交が米国と中国のどちらか一方を選択せざるを得ない状況になったとしたら、外交上の失敗です。もちろん、日米は同盟国であり価値を共有しており、究極的には米国を選択せざるを得ない訳ですが、日本にとって死活的に重要な両国との関係をしたたかにマネージすることが日本外交には求められます。どちらとも適切な友好関係を保ち、どちらも残せるように、賢く振る舞わなければなりません。

 ただ、現状を見るに、米中関係は戦略的対立の時代を迎えているように見えます。言い換えれば自由で民主的なシステムと管理された全体主義的なシステムの対立です。米国はそもそも建国の精神の根幹に多様性があります。そして民主主義にはポピュリズムの危険性が付いてまわりますが、自浄力として、過ちを修正するシステムがビルトインされています。黒人が警官に不当に押さえつけられ、殺される不法なことが起きることはあっても、それを強く批判するデモが同じ社会の中で起きています。中国には、そういったシステムがないところが危ういと言えます。