交渉の“インナー・サークル”に
入れない日本人

片山和之かたやま・かずゆき/ペルー駐箚特命全権大使 1983年に京都大学法学部を卒業後、外務省へ入省。在中国日本国大使館公使(経済部長)や在デトロイト日本国総領事、在上海日本国総領事、研修所長(大使)を経て、2020年7月より現職。1987年にハーバード大学大学院修士課程を修了(MA地域研究)、2011年にマラヤ大学大学院博士課程を修了(PhD国際関係論)。日本国際政治学会会員。著書に『対中外交の蹉跌――上海と日本人外交官』(日本僑報社)、『ワシントンから眺めた中国』(東京図書出版会)、『歴史秘話 外務省研修所~知られざる歩みと実態~』(光文社新書)など。

片山 一対一で交渉するのを「バイラテラル」、多国間交渉のような三者以上の交渉を「マルチラテラル」といいますが、バイラテラルの場合は相手もこちらのレベルにある程度合わせてくれますし、話がわからなければ、聞き直すことも容易にできるので、なんとかなります。

 難しいのはマルチラテラルです。ベルサイユ条約のときは、とにかく語学力のレベルが追い付かなくて、話に付いていくだけで必死。それで理解して、こちらの言い分を伝えようと思ったら、もう話題は次に移っている。しかも、議題が多岐にわたっていて、あちらでは労働問題、こちらでは環境問題、経済、民族、政治とあらゆる議題がいっぺんに同時進行していて、議事進行もわからない……という状況だったようです。

 なかなか人が何か述べているところに割って入って、自国の主張をするというようなことができない国民性の影響もあったでしょう。

 当時は、まず決定的に語学力のレベルが足りていなかったことが大きかったと思います。

 幸い、今では語学力のレベルも上がり、さすがにベルサイユ条約のときのようなことはありません。ただ、多国間交渉が難しいのは今も同じです。

 まず注意したいのは、自国が達成すべきものをきちんと認識し、それに優先順位をつけることです。

 マストなもの、希望的には入れてほしいもの、あるいは入っているに越したことはないが譲ってもいいと思われるもの。それらをきちんと自国の政府と確認しあって決めておくことです。そして交渉の際には、自国と利害が一致する国と議題ごとに組んで協調するといったことも交渉の技術になります。

秋山 確かにビジネスにおける交渉の場面でも、おっしゃったように、あらかじめ要求を整理し、レベル分けをして、目的を明確にして臨むと比較的うまくいくような気がします。あれもこれも要求を通そうとすると、あぶはち取らずになってしまうこともありますよね。

片山 また、特定分野の国際会議は毎回メンバーが決まっている場合も多く、狭い世界でお互いに顔見知りになっていることも多々あります。そこで信用が形成されていればいいのですが、新参だったり、別の会議で信義にもとるようなことをしてしまったりすると、「あいつは、あの会議のときに信用ならないまねをしたやつだ」と思われ、いわゆる“インナー・サークル”に入れない、あるいは排除されてしまう。

秋山 日本企業が海外に出ていって、なにかの技術の標準化をする会議などのときに、ヨーロッパ勢やアメリカを中心とするインナー・サークルに入れずに、重要なことが大枠決められてから初めて打診されるというのもよくある話です。

片山 極端な場合、国際会議の表の会議でいろいろ議題が出ても、最後に出る声明文というのは別のところで文案が決まってしまい、会議で主張したことが反映されていないということもありうるのです。