枝葉から根っこへ、根っこから枝葉へ
――『直感と論理をつなぐ思考法』では、「直感」と呼んでいる個人や企業の「妄想」を、どう育てて現実世界につなげていくかを考えています。大企業はすでに「物」をもっていますが、そもそも自社製品やサービスをもつためには直感があったと思います。
根っこ(直感)から山(作品としての事業やサービスなどのアウトプット)を登っていこう、というのが本書で語られていることですが、大企業はすでに形になり、地上に出てしまっているものを扱っていることが多いです。それについて「これってそもそも何で地上にあるんだっけ?」という原点を探っていく、つまり山を降りて地下世界に潜って探っていくという逆のパターンのニーズもあるんだ、と思いました。
佐宗 そうですね。「やりたい」という意識から「想像」が生まれ、想像を作品にしたものに対して意味づけをしていく。これが意識と無意識のサイクルだとしたら、『直感と論理をつなぐ思考法』では、おっしゃるとおり妄想から想像して作品をつくるための方法を提示しています。
一方で、作ったものを元に、その意味づけを考えるという内省のプロセスも非常に重要です。ビジョンを作るうえで大事なことは、作ったものを元に、その意味づけをすることです。それがナラティブ、「自分語り」になるからです。できた作品を見て「自分は何を大事にして、何をやりたかったのか」といった意味合いを考え、自分なりの物語にしていくことで、自分自身で腹落ちし、自信をもって次に進みやすくなるんです。
組織であれば、意味合いを明確にすることよって「この組織は大丈夫なんだ」とチームが安心して動けるようになる。つくったものを分析することで根っこが見えてくる、ということはより大事だと思います。
――本でも「妄想・知覚・組替・表現」は1つのサイクルとして描かれていますよね。表現したものから妄想をさらに深めていくことはもともと想定されていたと思いますが、本当にサイクルになっているんだ、ということを改めて感じました。
コロナ時代に有効な
オンラインワークショップ
――企業のイノベーション分野からの反応は想定内だったわけですが、先ほど触れられたアカデミックな分野、教育現場など想定外のところからの反応を詳しく教えてください。
佐宗 小中学校や高校の先生方が、子ども一人ひとりに合わせた指導をするためにビジョン思考を取り入れています。学校現場では、公立校でも一部先進的な取り組みを始める学校があり、その子が一番やりたいこと、好きなことを引き出してモチベーションを高めて実際に作品をつくっていくとか、プロジェクト・ベースト・ラーニングの一部として、自分自身のテーマを見つけていく「探究」、といわれるようなテーマ学習を実践する方法として利用され始めています。つくりながら子どもが自分のテーマを見つけていくことをやっていきたい、という学校も増えています。
学校現場はコロナによって、とても大変になっているのですが、一部の先生方は、「単に授業をオンライン化するだけでいいのか」といったことや、学校に子どもが来られなくなったことで改めて学校という場の意義を考え直し、よりお互いの興味関心をより深く共有する手段としてビジョンを描いてみるような取り組みもあるのでは、という議論が出ています。
子ども一人ひとりの興味ややりたいことを起点にプログラムをつくることも必要だということに、学校現場で気づき始めている先生たちが出てきていて、それを支援できるようなプログラムプラットフォームや、教育の仕方の整理を公開できるように現在進めています。
――学校の先生方は、どのような問題意識を感じて佐宗さんにワークショップをお願いしたのでしょうか。探究型学習が必要だということは枠組みとしてあると思いますが、「子どもにこういう部分が欠けてきているからこういう考え方が必要だ」というような問題意識を、先生方はもたれているんでしょうか?
佐宗 クリエイティビティは、21世紀スキルのなかでも大事なテーマになっています。クリエイティビティを育むために教育現場で何がやれるのか、課題としてあるようです。プロジェクト・ベースト・ラーニングといわれている、社会との接点をつくりながら何かを学んでいこう、という考えがそれです。
たとえば、私がワークショップをお手伝いした兵庫県教育大学付属小学校では、「加東市の未来をつくる」というプロジェクト・ベースト・ラーニングで、実際にあるパン屋さんの課題解決プログラムを小学校5、6年生向けに行っています。そうしたプログラムで創造性を引き出していくためには、今までのような学校のカリキュラム作りのアプローチではできない、という現場の認識がありました。
学校現場は、過去の知の蓄積を教えるという成り立ちなので、企業以上にヒエラルキーも権威も強いです。「前例の踏襲」がものすごく強く、「上の人が下の人に教える」という強烈なDNAもあります。一方、探求や、デザイン思考などの創造的な学びは、その起点が子ども自身から出てくるはずのものです。先生方のアプローチとしては「創造する」ことを教えないといけないわけですから、それをどこまで教えて、どこまでを引き出したらいいのかという悩みがあるようです。そこで役に立つのが、デザイン思考、ビジョンを引き出していく方法論です。デザインや美大の世界では当たり前の、創造の場を作り、作るプロセスを支援するということが、教育の現場で非常に広く大きなニーズがあるように感じています。
――あとは、コロナの流行というタイミングで佐宗さんが「子ども向けのオンラインワークショップ」を実践されていたのはけっこう衝撃的でした。実際にやってみて、佐宗さんが面白かった点や気づきとなったことはなんでしょう?
佐宗 オンラインのワークショップをやる動機となったのは、緊急事態宣言が出る前、一斉休校が発表されたからです。ある意味、コロナ禍で一番の被害者は子どもたちだと思ったので、子どもたちのために何かをしたいと思ったんです。
去年の12月に一度小学校の現場で授業をやったことがあって、子どもたちが自分がやりたいことを自由に形にする機会というのは、小学校に入るとあまり与えられないということがわかりました。今回、休校で家にいる、つまり学校のプログラムがないということは、逆に考えれば新しい学びのチャンスでもあるんだよ、というメッセージもありだなと思って実際にやってみたわけです。
最初の3月13日の一斉休校のときには、「夢をカタチにする授業」というテーマでオンラインのワークショップをやりました。自分の「好き」ややりたいことを起点に、自分の夢をデザインしていく自由テーマの図工のような授業だったのですが、全国から250人ぐらいの学校の先生と親子がネットで参加しました。
感動的だったのは、気仙沼や長野、愛知など全国の親子が一つの場面に集結したことです。小学生くらいのときって、たとえば愛知の子が気仙沼の子と知り合う機会ってあまりないでしょう。それが出会いうるんだということに感動しましたし、その場で生まれた熱を感じました。小学5年生の子が、つくった作品を250人の前で発表するんです。
環境をうまく整えれば、子どもが発表したいと思っていることを発表できるわけです。そんな場を提供するということ自体、コロナの流行がなければできなかったことだと思いました。