正しく思考する基本中の基本
ただし、「原理原則」とは脆いものです。
おそらく、これまで起きた不祥事のほとんどのものは、当初は、ほんの少し「原理原則」から外れただけだったのだろうと思います。よほどの確信犯でない限り、誰だって「原理原則」の重要性は認識している。しかし、強度の重圧がかかったときに、“ほんの少し“だけ「原理原則」を逸脱してしまう。その”弱さ“によって、思考が狂っていってしまうのです。
そして、その“ほんの少し”がアリの一穴となり、「もう少しいいだろう」「このくらいはいいだろう」などと、徐々に「原理原則」が軽視されるようになる。自分の頭で考えるのではなく、状況に流されるばかりになっていく。権力者である社長がそのような思考に陥ったときに、参謀がそれを食い止めるのは難しいのも現実です。
しかし、参謀として組織を守るためには、どんな状況であっても「原理原則」を死守する強さが必要不可欠です。
「何が原理原則なのか?」を日々、本気で考え抜く。そして、日々、「原理原則」によって自らを律する。この営みを真摯に続けることこそが、参謀として「正しい思考」を働かせる基本中の基本であり、リーダーに対する進言に説得力を与えることにつながるのです。
私は、それこそが、「自分の頭で考える」ことだと思っています。頭の回転が多少速くても、豊富な知識を蓄えていても、「原理原則」を本気で追求していない人は、本当の意味で「自分の頭で考える」ことはできません。「原理原則」を本気で追求していない人は、いとも簡単に、状況に流されてしまうからです。
原理原則を厳守することで、
「思想」にまで高める
その意味で、非常に感心したことがあります。
それは、私がヨーロッパ現地法人のCEO時代に、世界的なメーカーであるデュポンに、幹部社員に研修を受けに行かせたときのことです。
デュポンという会社は、工場内の「安全第一」という原理原則を徹底することで知られています。化学メーカーとして有名ですが、安全コンサルタント・教育も本業としている会社で、ブリヂストンも、その思想を学ぶ必要があると考えたわけです。ところが、その研修中に、少々驚くような事件があったのです。
派遣した幹部社員によると、研修を担当したデュポンの社員は紳士的な人物で、座学研修では、非常に丁寧に、デュポンの思想や作業マニュアルなどの説明をしてくれたそうです。
しかし、現場研修を受けるために、工場に移動しようとしたときのことです。彼らが、階段を降りているときに、突然、デュポンの紳士的な社員が、「研修は終わりだ!」と厳しく言い放ったというのです。彼らは、意味がわからずにあっけに取られ、「どうしてですか?」と問うと、こう答えたといいます。
「君たちは、安全第一という思想を学びに来たんだろ? にもかかわらず、手すりも使わずに階段を降りている。真剣に安全第一を考えている人間は、そんなことは絶対にしない。そんな君たちに、いくら研修をやっても意味がない。もう帰ってくれ」
これには、度肝を抜かれたそうです。こちらはお金を払って、研修を受けに来ているのです。さすがに、「研修中止」はないだろうと思ったけれど、甘かった。デュポンの担当者は、本気で研修を中止にしたのです。
それを聞いた私は、「なんという会社だ」と驚くとともに、その徹底した思想に深く感心しました。
たしかに、原理原則というものは、そのくらい本気で追求しなければ、すぐに崩れていってしまう脆いものだからです。実際、世界中の工場には「安全第一」という標語が掲げられていますが、ほとんどの工場では、安全よりも生産性が重視されているのが現実です。そんななかでデュポンは、現在に至るまで、「安全第一」を死守している。それは、原理原則に本気で思いを込めて、それを「思想」にまで高めているからです。まさに「本物」なのです。
もしかすると、このエピソードに過剰な厳しさを感じる人もいるかもしれません。
しかし、私は、参謀を志すならば、このくらいの厳しさを自らに課さなければならないと確信しています。そうでなければ、強度の重圧がかかった状況で、さまざまな意見が錯綜するなかで、原理原則を軸に自分の頭で考え抜くことなど不可能だからです。そして、不完全な人間であるリーダーをサポートすることもできるはずがないからです。