「生活保護」という用語が
全く出現しない

 子育て中の女性、特にシングルマザーに対する経済的支援の必要性は、完全に否定されているわけではない。「児童扶養手当の支給、母子父子寡婦福祉資金貸付金の貸付け」という形で言及されている。

 中学生と小学生の子どもが1人ずついる場合の満額で、1カ月あたり5万3350円の児童扶養手当と貸し付けは「焼け石に水」ではあるが、焼け石の温度を少し下げ続ける程度の効果はある。しかし、生活のあらゆる側面をサポートできるはずの生活保護制度や、生活保護を利用しやすく役立てやすい柔軟な制度へと変えていく可能性については、まったく言及されていない。なにしろ、「生活保護」という用語が全く出現しないのだ。

 評価できる取り組みは、皆無というわけではない。たとえば、公営住宅や「住宅セーフティネット制度」による賃貸住宅への入居を促進し、「入居者負担の軽減」も行い、「居住の安定」を支援するという。「住」の貧困を底上げすることは、それだけで生活の安定につながるだろう。内容と程度によっては、大きな効果が期待できる。

 しかし全体的に、「現金が欠乏している」という状態そのものを解消する方向性は、極めて薄い。社会の取り組みに税を投入する意向が読み取れる記述もない。「ひとり親家庭等の自立を社会全体で応援すべく、子供の未来応援国民運動を展開する」という記述からは、「あくまで民間の寄付とご厚意だけで、何とかしてください」という暗黙のメッセージを読み取らざるを得ない。阿部彩氏が策定に関わっていても、これが限界のようだ。

 長年にわたり、東京都内の生活保護の現場で働いてきた社会福祉士の田川英信さんは、次のように述べる。

「貧困対策といっても、お題目を並べただけで終わっている感じですね。なぜなら、所得の再分配としての給付について具体的に触れていないからです。所得の再分配に熱心ではない国の代表が日本。その点をもっと改善しないと、絵に描いた餅で終わる気がします」

 所得の再分配について、やる気がない日本。結局は、その一言に尽きるのだろう。