恐ろしい監視社会の中で
「監視対象外」になる方法

 したがって、これからの会社と個人の関係は、これまでよりもずっと緊張感の高いものになる。

 ただ、徹底的な監視社会が描かれる『1984年』の中で、かなりの自由を享受できている種類の人間もいた。それは「プロール」(プロレとも。プロレタリアートが語源)だ。

 同書の中で、プロールは総人口の85%。プロールにとっては、家事や子どもの世話、隣人とのつまらないけんか、映画、フットボール、ビール、特に賭博が大事なことであり、思想とは無縁の人々である。プロールの中で、危険人物になる恐れがあると判定された数人は、マークされ抹殺されるが、それ以外は深く監視されることもなければ、思想の強制も行われない。党のスローガンにもあるように、「プロール階級と動物は自由の身」なのだ。

 あなたが、会社との関係において、『1984年』でのプロールの立場であり続けるのなら、監視の対象にはならないだろう。さして重要な仕事につかず、深く考えず、常に経営者の言われた通りに行動し、趣味に生きるのであれば、大きな違法行為や規定違反をしない限り、あなた自身が監視社会の餌食になることはない(一方で、簡単にリストラの対象になる可能性はある)。

 しかし、『1984年』の中で描かれる少数派の党員、すなわちエリートとして機能していくことを考えるのなら、あなたのこれからの人生は相当につらい状況になる。何を言うか、何を書くか、どんな表情をするか、場所を問わず、常に気を付けておかなければならない。どこにいても、いつでも気持ちの休まることがない。しかも、気を付けていたとしても、無垢で無謬な行為や思想であったとしても、解釈次第でいかようにも危険視されてしまう。

 企業統治の面では、経営者のみならず、悪意の持ち主がどこまで権限を与えられうるか、どのような害を生み出す可能性があるか、システム全体をどの程度まで腐敗させる可能性があるかをも、深く考え、あらかじめ対策をしておく必要がある。

 なかでも、どのような性質を持つ人を経営者として選択するか、経営者の情報活用をどのように制限していくかをもっと真剣に考えなければいけない時代に入っている。情報を悪用する可能性があるのは政府だけではない。すべての組織で同様の可能性があるのだ。さもなければ、新しい技術をとことん利用し、敵を蹴散らし、社員を脅し、権力に居座る “ビッグブラザー”をあちらこちらの会社に生み出してしまうことになるだろう。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)

【主要参考文献】
ビル・エディ、『危険人物をリーダーに選ばないためにできること』、プレジデント社
ジョージ・オーウェル、『1984年』、ハヤカワ文庫
デイビット・ライアン、『監視社会』、青土社
ブルース・シュナイアー、『超監視社会』、草思社(とくに「監視社会の5つの実態」は本書を参考にした)
梶谷懐、高口康太、『幸福な監視国家・中国』、NHK出版新書
草森紳一、『絶対の宣伝2 宣伝的人間の研究 ヒトラー』、文遊社
川端康雄、『ジョージ・オーウェル』、岩波新書