菅総理が「自助」を
最初に掲げる理由

 ここまで話してきたのはあくまでも社会保障、なかんずく「老後の生活保障」という観点での話である。菅総理が言う「自助・共助・公助」にはもちろん社会保障の面が含まれてはいるだろうが、もう少し広い意味で社会のあり方、社会のデザインを意図してのことであろう。そう考えるのであれば、まず真っ先に「自助」が来るのは当然のことである。

 なぜなら、そもそも人が生きて生活を営む上においては、まず自らが働くことが第一であるのは言うまでもないからだ。したがって最も大事なことは誰もが働ける内は、そして働く意思があれば長く働くことができ、しかも満足できる報酬を得ることができるようにすることである。そのために大切なことは経済が成長し、企業が収益を上げられるようにすることが重要だ。すなわち「自助」という言葉の裏に隠された重要なキーワードは「経済の成長」なのである。デジタル化の推進も規制改革もそのための手段であるに過ぎない。

 もちろん、生きていく上で全てを「自助」でまかなうことは不可能だ。高齢で働けなくなったり、病気になったり、あるいは介護を受ける必要が出てきた時には「共助」という仕組みを使うことになる。但し、この共助=社会保険という仕組みは、社会全体で負担をまかない、必要な人にサービスを届ける“保険”の役割であるから、その便益を受ける人が一定の費用負担をすることは当然である。ところが、不幸にしてそうした費用負担すらできなかったという人たちもいる。そうした人たちに対して最後に機能するのが「公助」なのである。これは前述したようにまさにセーフティーネットであり、具体的には高齢者福祉や虐待の防止といった人権擁護の対策、そして生活保護といった、生きていく上での最低限の生活保障が「公助」の役割なのだ。

 したがって、社会全体の構造や自分の生き方を考えた場合、まず「公助」が最初に来るというのはあり得ない話だ。前述のように「公助」の財源は保険料ではなく税金である。税収を増やすためには経済が成長し、個人のベースにおいては給料が上がることは不可欠である。そのために、(1)労働市場に参加する人を増やす(女性の活躍推進や高齢者の就労拡大)、そして(2)生産性の向上(DX、規制改革)、を基本的な施策として据えているのが菅内閣の目指す方向であろう。前内閣時の政策や今後やろうとしている施策を見ても、間違いなくこの方向が見て取れる。「自助・共助・公助」というのはそういう流れの中で考えておくべきだろう。

(経済コラムニスト 大江英樹)