米国の名門カリフォルニア大学バークレー校で活躍する若き経済学者・鎌田雄一郎氏が著した『16歳からのはじめてのゲーム理論』。
発売後たちまち重版がかかった本書は、経済学において重要な位置を占め、数多くのノーベル経済学者を輩出している「ゲーム理論」のエッセンスを、分かりやすいストーリーと可愛らしいネズミのイラストとともに自然に理解できる画期的な本だ。
今回は鎌田氏と、ゲーム理論の専門家でメディアでも活躍する大阪大学大学院の安田洋祐准教授を迎え、本書の読み解きやゲーム理論の可能性などについて、オンライン対談でふんだんに語ってもらった。
第3回はゲーム理論の重要性や、従来には無かった「鼠瞰(ちゅうかん)」という新たな視点の大切さについての二人の考えを明かす。(全3回)
漫才的な掛け合いで「ゲーム理論」を教える
安田:ゲーム理論の予測は、時として非現実的なものになります。研究では、現実と理論がマッチしないときに、自分が考えていることが『本当に正しいのか』とツッコミを適宜入れながら進めます。そういうときに「現実と理論がマッチしないのは何故だったのか」と考えるのが研究の楽しいところです。この『16歳からのはじめてのゲーム理論』、要所でボケとツッコミが入る「漫才本」としての性格もあると思います。
2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、2019年テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。専門はゲーム理論。 著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)。Photo by Jim Block
鎌田:なるほど。たしかに、研究者が自分の出した結果にツッコミを入れながら考えていく過程と似たような面白さが読者に伝わるといいですね。僕としても、本の中で登場する理論の予測があまり現実的ではないときには、ツッコミの言葉を入れるように意識していました。理論の説明だけだと、どうしても現実離れしてしまうところがあり、そしてそのまま突き進むと、「ただ理論の予測を述べて終わり」の教科書になってしまうので。
安田:なぜそうした「普通の教科書」の内容は頭に残らないのか。たぶん、無味乾燥で予定調和だからだと思うんですよね。で、結果的に優等生しか読まなくなる。だから、読者の印象に残るには、冗長で余計に見えるのだけれど、要所できちんとボケて的確なツッコミを入れこむことが重要になるわけです。つまり、ちょっと脇が甘くて、ツッコミどころがあるような教え方を、もっと我々は心掛けるべきなんですよ。日本特有の教育メソッド、というとちょっと大袈裟かもしれませんが、日本ではお馴染みの「ボケとツッコミ」の漫才スタイルが、もっと教育の場で浸透していったら面白いと思います。
ところで、教育メソッドって、実は紀元前の頃からほとんど変化してないですよね。先生ひとりが多数の生徒に対して一方的に語りかける「講演型」か、先生を中心にみんなで意見を交換し合うソクラテス的な「対話型」の2パターン。大学で言うと、大教室での講義は前者、少人数のゼミなんかは後者が多いでしょう。どちらにしても、先生役が基本的に一人しかいないという点は同じです。上の漫才スタイルを、ボケ役とツッコミ役の二人の先生が教える、という形で実現できた場合には、教育メソッドとしても革新的ではないでしょうか。
本書はネズミや人間が独りで思案するのではなく、親子間での対話形式、ある種漫才のような掛け合いを通じてゲーム理論的な考え方を伝授していくスタイルです。この意味で、まさに革新的な教育メソッドの実践例と言えるかもしれないですね。
鎌田:言われてみて、執筆の際にどうやってこのボケとツッコミを物語に反映させたのかと今考えてみたんです。僕の書き方としては、全体の構成や物語の着地地点に至るまでの過程をすべて決めてから物語を書く、ということはしませんでした。たまに、着地地点すら最初は決めていなかった話もあります。
そうするのではなく、ネズミの親子の会話を描いていく中で、「自分だったらこう考えてみるだろうな」「自分だったらこういうツッコミを入れるだろうな」って考えながらネズミや登場人物に適宜ボケてもらい、そしてそれにツッコミを入れてもらう。そうする中で物語を作っていきました。