今までになかった「ネズミの目」
大阪大学大学院経済学研究科准教授。専門はゲーム理論。 2002年に東京大学経済学部を卒業。米国プリンストン大学へ留学して2007年にPh.D.を取得(経済学)。政策研究大学院大学助教授を経て、2014年4月から現職。 共著に『資本主義はどこに向かうのか―資本主義と人間の未来』(日本評論社、2019年)など。
安田:もう一つ大事な話を。それは本書オリジナルの概念である「鼠瞰(ちゅうかん)」という、ネズミの目線についてです。物事を観察する際に、「鳥の目・虫の目・魚の目」の3つの目が重要である、とよく説明されますよね。ただ、この3つに決定的に欠けているのが「当事者たちの目線にそれぞれ立つ」という発想です。自分だけが観察しているのではなく、他の参加者たちもその人の目線で物事を観察している。「他人からはこう見える」という、他者の視点に立った分析が、社会において物事をより深く理解するためには欠かせません。
実は、ゲーム理論を通じて僕自身が一番強調したいのがこの「当事者目線」の大切さです。戦略的思考や読み合いというと難しそうに聞こえますが、その本質は相手の立場に立って問題を考えてみること。だからこそ、この当事者たちの目線に立つ「鼠瞰」が大事で、本書を読んで本当にいい造語だな、と感心しました。
鎌田:お、「鼠瞰」のキモをついてきますね。本の中では、最初は単に「鳥瞰」に替わる言葉として「鼠瞰」が導入されます。人々の生活や会話を客観的な立場で観察すること、として。こうすると、人々の行動を客観的に予測するゲーム理論の視点を、自然に読者に持ってもらえる。
でも、物語が進むにつれて、安田さんのおっしゃる通り、そこにネズミ自身の当事者意識も加わっていきます。それもひっくるめて、「鼠瞰」ですね。まあ、とは言っても、実はそこまで深く考えて「鼠瞰」と書いたつもりではなかったんです(笑)。けど、安田さんに言われて、なるほどそうだな、と思いました。新たな気づきですね。
安田:これが対談の良いところですよね。僕が鎌田君と少し違うモノの見方をしているからこそ、鎌田君自身すらあまり意識していなかった意義を見出せた。これも、僕がある意味鼠瞰をしているからですね。
個人叩きに走らず、仕組みづくりに活かせるゲーム理論
――改めて、ゲーム理論を学ぶことの大切さとは、何でしょうか?
鎌田:やはり、「戦略的な思考」を身につけることですね。会社などで戦略を練るときに評価の視点が1つ加わりますし、直面している状況が戦略的なものだと理解できるだけでも、そこから専門家に意見を仰いだりすることにつながりますよね。ビジネスの現場に限らずとも、「戦略的な思考」を身につけることで日常生活における物の見方が変わってくると思います。
安田:その通りですね。たとえば、何か問題が生じているときに個人の責任に帰して終わりにするのではなく、どういう理由でまずい状況が生起したのかをよく考えると、仕組み自体を再考する発想が生まれるんです。
鎌田:ゲーム理論の考え方にたくさん触れるほど、何か物事がうまく運ばないときにいったん立ち止まって「なんでだろう」と考えることが自然にできるようになっていくでしょうね。
安田:この本の第6章でも書かれていたように、人間行動の背後に潜んでいる理由にまで想像が及ぶようになれば、個人叩きでなくて全体としてのシステムを改善しよう、という流れが生まれやすくなります。
部活をサボる子がいたとして、その子に対して「サボるな」と叱責するのは簡単ですが、ひょっとすると「次の大会でベスト8」といった具体的な目標の不在がサボりの原因かもしれません。当事者目線になることで、状況の問題点・改善点をあぶり出せるのが、ゲーム理論の重要な役割だと感じています。
その一方で、ゲーム理論が有用であるにもかかわらず、ビジネスの世界でどんどん生かしていこうという風潮には全然なっていません。企業内にゲーム理論研究者が入ってコンサルティングすることは少ないですよね。
鎌田:日本ではあんまりないようですね。ゲーム理論の専門家が日本企業をコンサルするというケースはほとんど聞いたことがありません。
安田:そもそもビジネスの現場で、戦略的思考が使われているケース自体があまりないのかもしれません。そうすると、ライバル企業の行動を「きっとこう動くに違いない」と自社に都合のよい機械のような存在として想定してしまう。実際には、相手も自分と同じように考えながら意思決定を行なっているので、読み合いの要素が欠かせないはずです。戦略的思考の重要性に気づいて、ビジネス上の意思決定を再考するだけで、ひょっとしたら億単位の利益が変化するかもしれません。
鎌田:そうですね。ゲーム理論のポテンシャルは、まだまだ未活用だと思います。今後、もっと日本でもゲーム理論を利用する例が出るといいですね。