柳の抽出液に含まれる天然の消炎鎮痛成分「サリチル酸」が起源のアスピリン。古代ギリシャの医学の父、ヒポクラテスも処方した由緒ある薬だ。消炎鎮痛薬としておなじみだが、医療現場では心筋梗塞や脳卒中の発症要因となる血栓形成を抑える薬としても使われている。近年はがん予防効果も知られるようになった。
最近発表された報告によると、3~5年未満「低用量(1日75~100ミリグラム)」のアスピリンを継続して服用している人は、全がんで発症率が20%、5年以上服用している場合は30%、それぞれ低下したという。この結果は、脳・心疾患の発症予防効果を見る複数の試験から副次的に見いだされたもの。それだけに「作為」の入る余地のない、純粋な結果だといえる。1剤で脳・心疾患とがん予防ができるとは、夢のような話だ。
一方、アスピリンには出血傾向を助長するという厄介な副作用がある。低用量アスピリンの医薬品添付文書(バイエル薬品)では、脳出血等の頭蓋内出血、肺出血、消化管出血などの出現について注意喚起がなされている。また胃潰瘍を悪化させることがあるので、潰瘍持ちは使えない。1人当たりのアスピリン消費量が日本の10倍以上にもなる米国では、アスピリンを含む消炎鎮痛薬が原因の出血性消化管合併症で、年間2万人近くが死亡しているという報告もあるのだ。しかし、消化管の害さえ抑えることができれば、まさに夢の薬。製薬企業各社はアスピリンと、胃酸分泌を抑える薬を組み合わせた合剤の開発を進めている。
もう一つ注意してほしいのは、市販のアスピリンは有効成分量が多過ぎて、出血リスクが大きく脳・心疾患予防効果がないこと。生体メカニズムの関係で高用量アスピリンは抗血栓作用を発揮できないジレンマがあるのだ。「低用量」がポイント。家庭薬を安易に使わないように願いたい。日本で低用量アスピリンを服用するには、処方箋が必要である。
現時点でアスピリンはがん予防薬としては未承認。安全性と利益の線引きができ、がん予防に使われるまでには少々時間が必要かもしれない。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)