「人気企業ランキング」から
「人気起業ランキング」へ?

──これからの起業ってどういうものになっていくんでしょうか?

 大学生の卒業後の選択肢の一つとして、より一般的に認知が進むんじゃないでしょうか?

佐俣 ここ20年ほどのトレンドは「ブーム的に起業する」というものでした。でも今後は合理的に考えて「損も少ないし、成功したら人生がらっと一変するよね」という選択肢になっていくんだろうと思いますね。僕は別に「起業最高!」とは思わないし、自分の人生は一歩違っていればサラリーマンをやっていたと今でも思っています。そうした視点から見ても、今はますます起業が合理的な選択肢になりつつあると思います。

 事実として東大や慶應のトップ1%の学生が起業するようになってきています。以前の就活は「人気企業ランキング上位の会社にとりあえず面接受けに行く」ということが定式化していたけれど、今は起業家のイベントに顔出したり、Twitterでアンリさんをフォローして、スタートアップや起業に興味を持ち始める学生が増えましたね。

投資家が求める「熱」について、<br />率直なところを話そう。#熱投『僕は君の「熱」に投資しよう』
(佐俣アンリ、ダイヤモンド社)

佐俣 『熱投』にも書きましたが、本当に起業が「コスパがいい」時代なんですよ。コスパで見ると、今は大企業より起業のほうが断然いい。

 僕たちの父親の世代は、大企業に行ったほうがコスパが良かったんです。クビにはならないし、給料も一定で、年功序列で上がるし、定年までいられる。でも今はどうでしょう。クビにもなるし、何なら大企業でも潰れる。それ以前にメンタルをやられて人が潰れてしまう。給料は平行線だし、定年って何?って感じじゃないですか。

 起業はというと、インターネット系のように元手なしで始められるジャンルも増えたし、成功すれば人生はがらっと変わる。仮に失敗しても、むしろ企業の中途採用枠では「良い経験」だとみなされる。起業のダウンサイドが、企業への就職に比べて全然少ない時代になったんですよね。

東大卒や慶應卒のトップ1%の学生が
「投資」する時代

──起業家と投資家はイノベーションにおける両輪だというのはお二人とも同意するところだと思います。では、東大や慶應のトップ1%の学生が投資家になる未来はどうすれば訪れるのでしょうか?

 すでに現実になってきていると思いますが、まだまだ数が少ないですね。起業する以上に20代でベンチャーキャピタルをやるって大変だと思います。だって、アンリさんの一号ファンドは最終的に4億円になったけど、最初は2600万円でしたっけ?

佐俣 そうです。

 ファンドの管理報酬が2%だから2600万円だと年間に52万円しか給料が入ってこないわけで、これじゃあ生活どうするのという話ですよ。そういった意味では、起業して会社経営するほうがまだまだ「コスパがいい」わけですよね。資金調達できれば1000万円ポンともらえるんだから。若い世代が独立した投資家としてベンチャーキャピタルを運営していくのはまだ非常に難易度が高い。これはどうしたらいいんですかね? アンリさんはどうしてました?

佐俣 僕なんてなんでもやりましたよ。受託案件もやったし、代理店とか、不動産仲介とか。ありとあらゆるもので何とかして生活費を稼いでいた。稼がないと生きていけないから(笑)。

 僕はベンチャーキャピタルって面白い産業だと思っていて、若い頃に始めたほうが有利なんだけど、若いと仕事にならない面もある。それは、ファンドとは与信がすべてだからです。複利で与信がたまっていく仕事であり、与信がたまる年月が長いほど投資家からお金を集めるときに有利で、仕事がしやすくなるわけです。

 特にシード投資は投資してから結果が出るまでに7~8年かかり、そこでやっと与信がつく。若い頃に始めたほうが、同世代で比べると与信が貯まる時間が長いので有利になります。一方で、若いと与信がないからファンドの出資者からお金が集められない。

 ただそれでもやっぱり若い頃に始めたほうがいいんです。若ければ、たとえファンドからの報酬がなくても熱だけでなんとかなるし、若いというだけでチャンスをくれる人だっていますから。

 そういった状況だとやっぱり、その領域に東大とか慶應のナンバーワンが入ってくるか? という話ですよね。親がせっかく手塩にかけて東大・慶應に入れたのに、年収50万の世界かよ、みたいな。

佐俣 産業としての取り組みが必要ですよね。アメリカには「Dorm Room Fund」っていう面白いファンドがあるんです。このファンドでは、たとえばスタンフォード大学などの学生に投資権つまり「同級生に投資していいよ」と数億円を渡して運用させるんです。起業家としても同世代の同級生から出資を受けるとなると、共感も得やすいですよね。

 日本だとそこまで若い人にチャンスを与える思想にはなってないのかもしれないですね。逆にとらえると、若いベンチャーキャピタルにこそ今、それをつくるチャンスがありますね。

佐俣 そう思います。Dorm Room Fundは、実質的には裏側にVCファンドがいてコントロールしてるんですが、こうした多彩な取り組みがもっと出てくると、若い世代がベンチャーキャピタルに入ってきやすくなります。僕は正直、誰かにやられたらいやだから、こうした取り組みを自分でやりたいと思っています。だって悔しいじゃないですか。18歳でベンチャーキャピタルやってるやつがいて、同世代のイケてる起業家をいっぱい連れてこられたら。

 そうですね(笑)。

投資家が求める「熱」について、<br />率直なところを話そう。#熱投この日の対談はZoomを使って行われた。

佐俣 それにベンチャーキャピタルはプライベート・エクイティファンドやヘッジファンドと違って、全盛期が案外短いのも若手に有利です。ベンチャーキャピタルは若い起業家と話し続けなければいけませんから。もちろんグローバル・ブレインの百合本安彦さんのような「60代現役です」なんて超人もいますが、一般的には引退が早い産業だと思います。

 それに自分が現役の期間で何本のファンドを回せるかというと、ファンド1本10年で基本的には「3年更新ゲーム」(一般的にVCファンドは3年ごとに新規のファンドを設立する)と考えると、総数はけっして多くありません。僕はいま4本目のファンドを約300億円規模で運営していて36歳です。27歳でスタートしてよかったなと感じることは多いですね。「3年更新ゲームのペースを異常に早くする」というのは、百合本さんのような方以外にはできない超高レベルな戦い方なので(笑)。

 たしかに、あと何年続けるのかな、と思ったりしますね。もう一回『熱投』を読み返して、もう少しがんばんなきゃいけないなという気持ちになりました(笑)。

佐俣 ANRIには大学4年生のメンバーがいますが、すでに3社の投資を主担当として実行しています。こうした学生が出てきて、同世代に刺激を与えるのがいいと思うんです。みんな悔しがって「くっそー、俺もやれるんだ」と熱くなってくる。そうなると、自分でどこかから1億円くらい引っ張ってきて個人で始める十代も出てくるかもしれません。やっぱり近い世代が活躍するのってめちゃくちゃ燃えると思うんですよね。

 そうやって火をつけ、焚き付けていくのが僕らの仕事じゃないかなと。僕ら自身が「がんばってます。すごいでしょ」と言っても、大学生から見ると二人ともおじさんですから(笑)。

(続く)