(アイデアや意見を)吸い上げる」という言い方が問題

――長期的な目標に対するお考えはわかりました。一方で、コロナの影響で急激で大きな環境変化が起こったりしたとき、臨機応変な対応をするうえでの、短期的な目標設定やその導き方で心がけておられることはありますか。今回のコロナ禍でも、現場の方からアイデアを吸い上げて実践されたさまざまなサービスが話題になっていました。

まず「吸い上げる」という言い方が、さっきも話に出たフラットな組織らしくないですよね。星野リゾートはフラットな組織ので、トップダウンとかボトムアップという概念はありません。本当にフラットな組織であれば、誰が遠慮する必要もなく、意見を「吸い上げている」という感覚でもなく、わたしより正しいことを言ってみろという対等な感覚でお互いに議論できる。「誰が何を言っているか」ではなく、「どれが正しいか」で自然に決まっていく、というのがフラットな組織です。言うは易しで実践は大変ですが、信じることができれば、そういう組織ができるんじゃないかと目指してきています。

話を戻すと、コロナ禍ではたとえば三密回避の施策について社内でいろいろ議論しました。なかでも、私が(社内の議論で)負けたのはビュッフェですね。4月に、(コロナのクラスター発生地として)屋形船とビュッフェが名指しされたのだし、全施設のビュッフェをやめました。ところが、その2週間後には「ビュッフェを復活させるべきだ」と予約のスタッフが提案して、総支配人からもそれを後押しする意見が出たので、じゃあやっぱり戻そうかと。7月1日から新ノーマルビュッフェということで安全対策をほどこした新しいビュッフェを展開して、結果的には良かったと思っています。

<参加者からの質問と回答:イベント中は最後にまとめて伺った質疑応答から>

Q1 社員の目標設定はどのようになされているのでしょうか。

いま提供してくれている価値に対して評価をして、それに見合った報酬を出す、という考え方です。会社は「社員に成長してほしい」と位置づけないほうがいいと思っているからです。無理やり目標を設定させて、それを達成させよう、という考え方は持っていません。誰もが成長するべきだ、と思った瞬間に窮屈になる。

観光分野で接客を担当している人たちの中には、「今やっていることで十分楽しくて、能力を伸ばす必要はない」と思っている人もいて、それはそれでいいことだと思う。一方で、「将来は総支配人になりたい」と考えている人は、その能力をつけることが当然目標になるでしょう。

なので、全員がお仕着せの目標をつくる必要はない。人間というのは、仕事の目標が定まるときもあれば、家庭のことに集中しなきゃいけないときもあるし、ライフステージによって目標は変わるので、会社は本人の事情を汲むことができる環境にしておくことが大事だと思います。

Q2 社員の方たちの評価にKPI(重要業績評価指標)はない、ということでしょうか。

個人にはKPIは設定されていません。評価基準に照らして、どういうパフォーマンスを発揮してくれたのか、を評価しています。

たとえば再生の現場では、社員を100%引き受けて、彼らにいい環境を提供するのが最初の仕事です。KPIの目的は、ある人の100の能力を120にすることですが、実際には能力が100あっても60ぐらいしか発揮してくれていない、というケースのほうがずっと多い。そういう場合、「100を120にしてください」というのはあんまり意味がないんですよね。

星野リゾートとして集中すべきは、今ある能力を十分発揮してもらうためにどういう環境を整えればいいか、です。個々が持っている能力を出すことはモチベーション・やりがいにつながりますし、結果として、会社のパフォーマンスもあがる。そちらの発想のほうが大事かなと思います。

星野リゾート代表・星野佳路さんが「評価制度はアバウトであることが大事」と言い切る理由星野さんが社内ブログで書いてきた、さまざまなテーマ

Q3 360度評価で、社長が評価されることもあるんですか。

私が評価されるのは、社内ブログに「いいね(Gung Ho)!」マークがどれだけつくかですかね。

Q4 星野さんがおっしゃるようなフラットな組織や評価制度というのは、メーカーにも応用できる面があるでしょうか。

メーカーは勤めたことがないからわからないですね……観光サービス業との一番の違いというと、たとえば自動車メーカーさんであれば、顧客と直接接してないところですかね。販売ディーラーさんがいるから。観光サービス業のように生産と消費が同時に起こる場合は、個々のスタッフにみずから考えながら仕事をしてもらわないといけない。

顧客情報が一番入ってくるスタッフたちが戦略を理解して発想しながら仕事ができるかどうか、が大切です。次の改善やイノベーションのアイデアもそこで生まれるので。ベッティ・サンダース著『真実の瞬間』(堤猶二訳、ダイヤモンド社)はそういう点が非常にうまくまとめられていて、私は80年代に読んでいまだに教科書にしていますからね。接客の最前線のスタッフが顧客と接したときの重要性がリアルに説かれていて、その毎日何千も何万も起こっている顧客との接点を無駄にせず経営判断にいかに生かすべきか、をその本から学びました。

Q5 長期的な目標は期限や数値を設定するより、「正しいことをやりきれるか」が大切とおっしゃっていましたが、それが「正しいこと」だとどう判断されるのですか?

理論に合っているかどうか、です。正しい戦略を考えるのは、そんなに難しくないと思っているんですよね。正しいことを考えるよりも、それを実行することのほうが難しい。理論にあっていることはやれば、かならず成果が出ると信じている。やり切れるかどうかが大事。

Q6 「やりきる」には、サラリーマン経営者では組織のしがらみなどを乗り越えられず、オーナー経営者でないと難しいのではないか?

オーナー経営者だからやりきれる、というなら、もっとオーナー経営者の会社が伸びていてもいいんじゃないですか(笑)。上場企業のほうが資金力もあるし……という、オーナー経営者ならではの愚痴もありますよ。

ただオーナー経営者のひとついいところは、世代交代がかなりドカンと進むところですね。親から子に行くと、少なくとも25年か30年は世代が飛びます。大企業の場合は30歳の若い人を社長に抜擢することはないでしょう。だから大企業だと、似たような連続性で会社が徐々に変わっていくことはあっても、ドラスティックに変わることは難しい。その点、オーナー会社のほうが、イノベーションは起こしやすい環境にある、というのはその通りかもしれません。

Q7 その戦略なりが「正しい」と自信を持つにはどうすればよいですか?

理論は証明されて論文になるわけです。なので、理論を学ぶと、失敗する可能性を減らせると思っています。世の中にはごまんと理論が出ていて、自分の課題にぴったり合うものとそうでないものもいっぱいある。自分が納得できる理屈に出会えるかが大切なのではないでしょうか。「この教授がこんなこと書いてるけど本当なの?」と信じ切れてないときはやらないほうがいい。