本書の要点

(1)見えない人は耳や足、言葉などを使い、視覚なしで成立できるバランスで世界を感じている。そこでは世界は異なる見え方=「意味」をもつ。
(2)「意味」は、情報が具体的な文脈に置かれたときに生まれる。情報ベースのやりとりでは、健常者と障害者はサポートの関係にしばられるが、意味ベースのやりとりでは、お互いの差異を面白がることができる。
(3)見えない人は、特別な聴覚や触覚を持っているわけではない。見える人が目で空間を把握するのと同じように、見えない人は耳などから得た情報を使って把握しているに過ぎない。

要約本文

【必読ポイント!】
◆見えない世界に触れる
◇見える世界と見えない世界

 障害者は自分にとって、身近にいる「自分と異なる体を持った存在」だ。かれらについて言葉によって想像力を働かせ、視覚を使わない体に変身して生きてみることが本書の目的である。

 見えない体に変身するといっても、単に視覚をさえぎればいいということではない。見えないことと目をつぶることは全く違う。視覚情報の遮断によって引き算的な欠如を感じるのではなく、視覚抜きで成立している世界そのものを実感することが必要である。それは、4本脚の椅子と3本脚の椅子の違いのようなものだ。もともと脚が4本ある椅子から脚を1本取ると、その椅子は傾いてしまう。しかし、脚の配置を変えて最初から3本で設計すれば、3本脚でも立てる。

 見えない人は耳の働かせ方、足腰の能力、言葉の定義などが見える人とはちょっとずつ違っている。そうした視覚なしで成立しているバランスで世界を感じると、世界の見え方、すなわち「意味」が違ってくるのである。

◇意味の違いを面白がる

「意味」は、「情報」と対置するとわかりやすい。「情報」は客観的でニュートラルであるが、受け手によって無数の「意味」を生み出す。たとえば「明日の午後の降水確率は60パーセント」という「情報」は、明日運動会を控えた小学生には「運動会が延期になるかもしれない」という意味になり、傘屋にとっては「明日は儲かるな」という意味になる。つまり「意味」とは、「情報」が具体的な文脈に置かれたときに生まれるものである。