優秀な人は「純粋によく観察する」が、凡人は「期待したもの」しか見ようとしないPhoto: Adobe Stock

これからビジネスパーソンに求められる能力として、注目を集めている「知覚」──。その力を高めるための「科学的な理論」と「具体的なトレーニング方法」を解説した画期的な一冊が刊行された。メトロポリタン美術館、ボストン美術館で活躍し、イェール・ハーバード大で学んだ神田房枝氏による最新刊『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』だ。発売から1週間を待たずして大増刷が決定するなど大きな反響を呼んでいる同書から、一部を抜粋・編集して紹介する。

私たちの眼は「検索モード」にとらわれている

 いま、人間の眼は知らず知らずのうちに見えにくくなっています。「見えにくくなっている」と言っても、視力が低下しているという話ではありません。

 見る方法に問題が生じているせいで、観察の力が低下しているということです。

 しかもこれは、特定の集団だけではなく、世界中ほとんどの人々のあいだで起こっています。

 背後にある原因のうちでも、最も大きいのはマルチタスクやテクノロジーの影響でしょう。基本的に、ルーティン化した仕事や生活スタイルが続いて先入観が強化されると、人間の注意力は低下し、新しい変化を見過ごしやすくなります。

 こうした知覚的盲目(または非注意性盲目)は、マルチタスクによって引き起こされます。

 ある研究によれば、2つ以上のことを遜色なく処理できる脳を持っているのは、残念ながらわずか2.5%の人でしかありません*。

 「クルマを運転する」と「スマホを使う」といった単純な2つの行為を重ねるだけで、重大な事故につながる前方不注意が起こるのはそのためです。

* Medeiros-Ward, Nathan, Watson Jason and Strayer, David, “On Supertaskers and the Neural Basis of Efficient Multitasking,” Psychonomic Bulletin&Review, 22(3)(2014).

 さらにテクノロジーに関して言えば、大多数の人を巻き込んでいるのが、パソコンやスマホによる「検索」という行為です。溢れる情報のなかから「あらかじめ自分に必要だとわかっている情報」だけを素早く読み取るという行為が、私たちの日常になっています。

 その結果、私たちの眼は「探し物を見つけるために見ている」あるいは「何かを期待しながら見ている」時間が、圧倒的に長くなっています。

 デバイスの画面を覗いているときは、つねに何かを探しながら眼を酷使し、それ以外のときはただ漫然と見ているだけ──そういう人がかなり多いのではないでしょうか。

 つまり、私たちは「純粋によく見る」という行為をしていないのです。

 現代人の眼は「マルチタスクに心を奪われてそもそも見ていない」「何かを探して/期待して見ている」「なんとなくぼーっと見ている」という3つのモードに支配されています。

 何の先入観も持たず、眼の前の事物・事象をありのままに理解する「観察」が入る余地がありません。

 そのため、「見えている」のがあたりまえになっている健常者とは対照的に、なんらかの理由で眼が見えない人のほうが鋭い知覚を有するケースも出てきます。

 たとえば、3歳までに先天性/後天性盲目を発症した人では、視覚情報の欠落を補うために脳全体でダイナミックな神経回路の組み換えが起こり、聴覚・味覚・触覚といったほかの感覚器の機能だけでなく、記憶や言語処理といった認知の機能も高まることがわかっています*。

 つまり、視覚に依存する健常者のほうが、よく世界が見えていないという逆説的な事態が起こり得るわけです。

* Bauer, Corinna, et. al., “Multimodal MR-Imaging Reveals Large-Scale Structural and Functional Connectivity Changes in Profound Early Blindness,” PLoS ONE 12(3)(2017).