流されていく人生が一番素晴らしい

更科:出口先生は、日本生命に入社して、その後、ライフネット生命を創業され、現在は、立命館アジア太平洋大学の学長をされています。著作家としてもたくさんの本を出されていていろいろな顔をお持ちですが、先生は、どのようにして人生の折り合いをつけてきたのですか?

知の巨人・出口治明が「人生の基本原理は運と適応である」と断言するワケ更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、新刊に『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。

 私も民間企業に勤めていた経験があるのですが、会社の雰囲気と大学の雰囲気は、まったく違いますよね。

出口:僕は、川の流れに流されていく人生が一番素晴らしいと思っていて、自分から「何かをやりたい」と強く思ったことは実はほとんどありません。日本生命に入社したのも、還暦でライフネット生命を立ち上げたのも、古希で大学の学長になったのも、さまざまな巡り合わせや偶然によるものです。

 僕がもう少し賢ければ、素晴らしい人生のキャリアが設計できたかもしれません。でも僕はアホな人間なので、将来を見越したキャリア設計なんてできっこない。ですから、折り合いをつけてきたというよりは、川の流れに流されながら、その中でベストを尽くしてきただけです。

 人間や生物の基本原理は、ダーウィンの進化論に要約されていると僕は思っています。すべては「運」と「適応」です。運とは、適当なときに適当な場所にいることですが、それは自分ではわからない。でも、そこに居合わせたときに、どのように適応するか、どんな意欲を持ち、どんな世界にしたいと思って動くかはその人次第です。

更科:それは『哲学と宗教全史』で出口先生が解説されていた「ストア派」の哲学にも通じるものがあるのでしょうか。

出口:はい、ストア派にはとても魅かれます。ストア派の哲学者たちは、「自然の理法は、大河の流れのように、世界をつくり続けて過去から未来へと時間をつなげていく。その悠久の流れの中で我々は生まれてきたのだから、そのように与えられた人生を正面から受け止め、堂々と生きればよい」と述べています。「与えられた人生を生きる」という視点は、ダーウィンと同じですね。

更科:そうですね。私は、生物は生きるために生きていると考えているので、ただ生きているだけでも立派なことだと思います。たしかに、何ひとつうまくいかなかった人生よりも、素晴らしい夢が叶った人生の方が、輝いているかもしれません。でも、どんなに素晴らしい夢を叶えた人でも、病気でもうすぐ死ぬとわかったときに、どんなことを考えるでしょうか。

 もしも近くの居酒屋で、何ひとつうまくいかなかった人が、「まったく、つまらない人生だったな」と笑いながら、友達と酒を飲んでいたとしたら……。その人がとても羨ましく思えるのではないでしょうか。何ひとつうまくいかなかった人生だって、生きているだけで、やっぱり輝いているのだと思います。

(次回に続く)

◎大好評対談! 出口治明×更科功
第1回 「現代の知の巨人が熱く語る「生物学」をいま学ぶべき3つの理由
第2回 「宗教」と「哲学」と「サイエンス」に共通している2つのビッグ・クエスチョンとは?
第3回 「生物の謎は「何パーセント」明らかになったのか?