「キメハラ」という言葉に
目くじらを立ててはいけない理由

 さて、2つ目の疑問に移ります。最近になって『キメハラ』という言葉が話題になり始めました。

 これは『鬼滅の刃』に興味のない人に向けて「興味をもてないのはおかしい」「見ろよ」と言った具合に、もっと興味を持つように強要したり、逆に『鬼滅の刃』の大ファンに向けて「どこがいいんだ?」と小馬鹿にするような、ハラスメント行動を指すのだといいます。

 こうした現象は実は昔からあって、映画『タイタニック』が大ヒットしたときには、「どうせ最後に沈むのがわかっているのに、何でわざわざ観に行くんだ?」とデカプリオファンを小馬鹿にするおじさんから、映画『君の名は。』のヒットの際に、「正直、彼氏に何度も見に行けと言われてつらかった」と告白するOLまで、さまざまな軋轢は古くから存在していました。

 この現象にわざわざ固有名詞とハラスメントという言葉をかけ合わせて「キメハラ」と名付けるのは、ある意味でとても現代的です。そしてこの件については、さまざまな識者の意見があることも承知しています。「ハラスメントとはもっと重大かつ深刻な社会問題に使うべき言葉であって、この程度の現象に面白おかしく使うようになると、本来の問題が薄れてしまう」という強面な意見も、ある意味もっともかもしれません。

 しかし、キメハラという言葉が登場する現代社会にはそれなりの時代背景があります。それは、現代が過去と比較して圧倒的に「コミュニケーション先進時代」になってきたということです。

 マスメディアと電話しかなかった40年前と違い、ネットがありスマホがありSNSがある時代に育ったデジタルネイティブ世代は、これまでの日本人以上にお互いのコミュニケーション技術が発達した世代でもあります。

 その中でキメハラという言葉をやりとりすることで、「私はそれにめちゃくちゃ興味があるのだ」とか「まったく関心ないので触れないで」といった自分のスタンスを、簡単に伝えることができるようになります。つまり目くじらをたてるよりも、この言葉はコミュニケーション発達世代にとってのフラグのようなものだと見るべきではないでしょうか。

 そのうえでフラグがわかったら、「なるべく鬼滅には触れない」ないしは「鬼滅のディープな話をどんどんする」といった具合に、その人とのコミュニケーションのやり方を考えればいいのです。