(3)内需主導型経済への転換

 2008年9月以降、リーマンショックを機に世界経済は長期停滞に陥った。その中で中国も輸出の急減により成長率が急落し、2009年第1四半期には6.6%にまで低下した。しかし、同年の第4四半期には11.4%と2ケタ成長軌道に復し、2010年第1四半期には12%に達した。

 経済大国の中で唯一、短期間のうちにリーマンショックを克服した中国は、2010年にはGDPの規模で日本を抜いて世界第2位の経済大国となり、世界経済をリードする存在となった。改革・開放政策の開始から約30年という速さで、ここまで大きな成功を実現するとは、鄧小平でも予想できていなかったのではないだろうか。

 リーマンショック後の世界経済の停滞の下では、中国は従来の輸出依存体質から脱却する以外、経済の安定を保つ方法がなくなった。日米欧諸国向け輸出の急減という深刻な外的ショックに対する政策対応として、成長率確保のための内需拡大策の採用を余儀なくされた。その結果として、急速に内需主導型経済への転換が進んだ。

 成長モデルへの転換が急速であったにもかかわらず、比較的うまく移行できたのは、すでに2005年以降、内需主導型モデルへの転換を図りつつあったため、政策運営の方向自体は変化がなかったことが、大きな要因だったと考えられる。

 1990年代以降の中国の経済成長モデルを大きく3段階に分けると、2004年以前の輸出投資主導型モデルの時代、2005年から2009年までの内需主導型モデルへの転換期、そして2010年以降の内需主導型成長モデルの時代に大別できる。2004年以前の中国経済と2010年以降の中国経済とでは、まるで別の国であるかのように経済構造が大きく異なる。

 また、2010年の中国のドルベースの名目GDPは2004年の2.5倍に拡大しており、構造の面でも規模の面でも、全く違う経済へと変貌を遂げた。この間の変化があまりに大きく急速だったため、2010年以降の中国ビジネス戦略を考える上で、2004年以前の中国での様々な経験がほとんど役に立たなくなってしまった。