日本のワクチンメーカーは、国内製薬会社で最大手の武田薬品工業を除き、第III相試験を満足に実施したことがない。つまり、国内ワクチンの第III相試験では、「疾患の発生頻度が非常に低い場合」などは「抗体価」の上昇をクリア基準(エンドポイント)とすることが認められているが、これは海外では第II相試験に相当する。数百人程度の被験者にワクチンを接種し、2~4週間後に採血するだけなので、短時間かつ安価に実施できる。「抗体価が上昇するのだから、感染を防げるはず」という前提だが、実際どの程度の発病予防効果があるのかは分からない。

 これでは国際競争力どころの話ではない。かつて世界有数とも言われた日本のワクチン産業は、今や見る影もない。

日本発ワクチンが
商機を逃した必然

 日本は、欧米に比べて流行の始まりが早かった。単純に考えて、ワクチン開発に早めに着手すれば、世界に向け日本発のワクチンを実現できたかもしれない。

 だが現実には、一部国内メーカーの奮闘を尻目に、欧米の製薬会社の大口顧客とならざるを得ない状況だ。ピンチをチャンスにできたはずが、その機会を逸してしまった。それどころか、かねて問題視されてきた医薬品や医療機器の大幅な輸入超過を、いっそう悪化させることとなった。

 何がいけなかったのか?そうした疑問も、これまでの経緯を振り返れば必然でしかない。

 国内メーカーは、長らく開発競争から保護されてきた。いわゆる「護送船団方式」である。厚生労働省は、既存のワクチンメーカーに補助金を出し開発させる一方で、海外製のワクチンの承認には積極的ではなかった。顕著な例は、防げたはずの生ワクチン由来ポリオの発生だ。世界的には2000年から不活化ワクチンが標準化されていたが、日本は国産にこだわった結果、2012年9月の不活化ワクチン定期接種化までに麻痺(まひ)患者が多数生じた。

 また、2009年の新型インフルエンザ流行時には、国内のバイオベンチャーが新しいワクチン製造技術を米国から輸入し、生産体制を整えた。人体に影響のないウイルスに標的遺伝子情報を組み込み、鶏卵でなく昆虫細胞でウイルスを増やすもので、短期間に大量のワクチンが製造可能となる。

 この技術は米国FDAはじめ海外では当局の承認を得て実用化された。このワクチンは、50歳以上を対象とした9000例規模の臨床試験で、インフルエンザの発症が鶏卵を使った不活化ワクチンに比べ40%以上少ないという効果が示されていた。一方、国内ではPMDA(医薬品医療機器総合機構)による審査が延々と引き延ばされ、ついに実用化は頓挫した。

 こうした「護送船団方式」は、結局は国内メーカーを弱体化させた。日本はワクチン後進国でありこそすれ、世界へのワクチン供給国としての国際競争力は皆無だ。

 この事態にようやく危機感を持った厚生労働省は2016年、「ワクチンは国家安全保障と公衆衛生の根幹にかかわるものであるから、国内ワクチンメーカーは、これまでの護送船団方式から脱却し、新規ワクチンの研究開発力や国際競争力を十分に持つ規模・形態・組織能力を確保することが必要である」と、突然の方向転換を表明した。だが実質的には何も変わらぬまま、今日の新型コロナウイルス・パンデミックを迎えることとなった。