トランプノミクスが生まれた背景

 過去50年間の米国と世界の中心となった経済学は「レーガノミクス」でした。

 ロナルド・レーガン第40代大統領が1980年代前半に実践した経済政策で、トランプノミクスはこれを復活させようと考えたものです。

 しかしレーガノミクスも、発表した当時は、のちの副大統領のブッシュ(父)でさえ、魔術的な経済学だと批判したような政策でした。レーガノミクスを立案したジャック・ケンプ元下院議員は2002年4月、私にこう打ち明けてくれました。

「レーガノミクスでは、減税をすると税収が増えます。一見すると論理矛盾があるように感じるので反対者が多いのは当然のことでした。レーガノミクスを実施する前の1979年には在イラン米国大使館人質事件などがあり、景気低迷を含めて米国全体が沈滞ムードに覆われていました。そんな状況なのにレーガノミクスを実践して国民の勤労意欲を駆り立てようとしていたのだから、夢物語と批判されるのも覚悟の上でした」

 なぜトランプノミクスが生まれたのか。

 背景にあったのは、国際経済学の基本でもある比較優位の原則が成立しにくくなってきたことでした。低コストの労働力を豊富に持つ国が増え、世界全体の貿易バランスを保つことが難しくなっていったのです。しかも米国のほかに、国際連合や世界銀行といった国際的な機関からも支援を受ける後進国は、それらの支援をうまく生かして先進国を追い抜くきっかけを模索するようになっていきました。米国が今、猛烈に中国を意識して批判する原点にも、このしこりが横たわっています。

ファンドの台頭で加速した繁栄の終わり

 こうした動きを加速させたのが、株式市場で徹底して利益を求めるファンドの台頭でした。ファンドは、世界が力を合わせて技術開発などの恩恵に浴することよりも、利益を極大化してコストダウンを突きつめることを企業に求めてきました。

 この影響で、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)は急成長し、従来型の製造業や小売業などは大規模化や合理化を進めていきました。人々の生活はより便利になりましたが、一方では富の偏在も加速していったのです。

 AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)は、私たちに新たな生活様式や働き方に変化を迫ると同時に、最新技術についていけるか否かによって、職業格差を生み出しつつあります。それも新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界を覆う変化のスピードは加速度的に速まっています。

 恐らくあと30年もすれば、世界経済は今から想像もできない変化を遂げているはずです。しかもこの流れは、能力のある者とそれ以外の者を残酷に選別します。

 2020年5月、米国ミネソタ州ミネアポリスで白人警官が黒人のジョージ・フロイド氏を殺したことで、全米のみならず世界中に広がった人種差別の抗議活動も、急激な変化にさらされる中で常に「負け組」の側に取り残される人々の反抗と言えます。

 トランプ大統領が声高に叫ぶ「米国への製造業の回帰」は、徹底したコストダウンのために国外に出ていった米国企業への対応であり、ブルーカラーと言われる人々を含めて、米国全体の経済を底上げしようと狙ったものでした。

 そう考えると、「アメリカ・ファースト」は歴史の必然でもあります。米国企業が安心して自国に回帰して経営できるよう、所得税や法人税を減税しようと考えたわけです。

 だからこそトランプ大統領は、かつてレーガン大統領が米国を復活させるとの思いを込めて、「Make America Great Again」と繰り返し訴えているのです。