米国債を最も保有する中国が
それを売却できないワケ

 ここからは少し専門的な説明になります。米国には国際緊急経済権限法という法律があり、他国が自国に深刻な影響をもたらしそうな場合、米国はそれを阻止できます。

 仮に中国が米国債をまとめて売却しようとすれば、間違いなく国際緊急経済権限法に抵触しますから、その際には米国は米国債を保護預かりしている米国金融機関に売却行為をストップするように指示できるのです。つまり、どんなに中国が米国債をまとめて売ろうとしても売ることはできません。

 債券市場はどんどん進化し、新たな取引手法が編み出され続けています。米国債についても、米国債先物を売ることで相場を下落させる方法もあるでしょう。ただこの場合はどこかで買い戻さない限り、先物価格が下がり続けます。

 先物などのデリバティブを使った売り仕掛けはヘッジファンドの得意技の一つで、彼らは相場をかく乱することも利益を出す方法だと考えています。それではどこで儲けるかというと、市場全体が売られるであろうと不安に思う債券を先物で売り、市場が考える程度の下げに近づいたところで買い戻し、売った価格と買った価格の差で儲けるのです。債券の保有者が価格の上昇したところで売ることと理屈は同じです。

 中国がこれを利用して米国債市場を荒らすことはできます。ただ誰も売りを止めなかった場合、米国債を現物として保有する中国も値下がりによる含み損を抱えます。

 米国債価格が下がれば日本も損をしますが、日本は満期(通常は30年債を保有)まで持っていれば発行価格で償還されるので、目の前の市場の下げは無視できます。

 中国は早いうちに売りたいわけですが、その場合は米国債市場を急落させて米国を困らせることはできても、中国も相場急落中に含み損の売りを避けられず、大幅な損失に直面します。ここで中国が売らなければ米国債相場は元に戻るからです。すると今度はヘッジファンド側が損をするので、中国による米国債の売りの確約がない限り、ヘッジファンドはこの戦略を実行しません。しかも取引所を経由した先物には期限があり、期日には取引相手から買い戻すか相手への現渡し(米国債の現物を渡すこと)をしなければなりません。

 中国がデリバティブで売りを仕掛けると米国に国際緊急経済権限法で止められることを回避できるかもしれませんが、密かにヘッジファンドに手数料を支払って下げ相場をつくってもらうとしても、その成功とは米国の相討ちまでです。

 結局のところ、中国は保有する米国債の売却という切り札を使うことはできません。そんな自爆行為を中国がやるとも思えません。

 日本や中国が多額の米国債を保有しているのは、対米貿易黒字分を最も安全な米国債で運用しているためです。貿易黒字が反転すれば徐々に米国債の保有額も減っていきます。これもまた、今後の米中関係を考える場合のカギとなります。