社員に切った貼ったの交渉はさせたくない

楠木 そもそも論で言うと、ワークマンは大口取引の法人営業に手を出していません。店舗やオンラインでの個人向け販売に特化しています。この点も見過ごされていますが、重要なトレードオフの選択ですね。

土屋 ワークマンは創業段階から個人を顧客対象としていました。作業服の市場規模は約4600億円。内訳は法人相手が6割、個人相手が4割と、規模だけ見れば法人のほうが大きいですが、大きな市場には競争相手も多い。

楠木 法人販売は受注ロットが大きく、ひとつの案件獲得で大きな売上にはなります。しかし、手間がかかる。ワークマンの売り方とは対極の世界です。

土屋 たしかに大企業と契約できれば、1つの工場でも数千人分の作業着の販売が継続的に期待でき、一見おいしい商売に思えます。
でもよく考えると、アポ取りして商談を重ね、見積もりを出し、交渉で値引きも必要になります。顧客企業ごとの在庫管理を強いられ、実際には事業所単位の少量納品が多くなるため、店舗での小売りよりもむしろ手間がかかります。社員にストレスもかかります。切った貼ったの価格交渉を社員にはやらせたくないのです。

商品をつくるところから
売るところまで無理なくつながっている

楠木 さまざまなサービスをリアル店舗でやってきた経験が、最近のO to O(オンライン・トゥ・オフライン)でも花開いています。

土屋 各店舗に在庫があってお客様に店舗でお渡しできれば、配送費は不要になります。ワークマン公式オンラインストアで宅配サービスを行いつつ、店舗受取サービスを推奨していて、店舗受取なら配送料が無料になります。

楠木 店舗への頻繁な配送はオンライン販売との相性もいい。オンライン購入客のどのくらいが店舗受取を選びますか。

土屋 66%です。店舗で受け取ってもらうと、他の製品を見てもらえて、次の来店につながります。デザインはネットで見られるが、機能は難しい。思ったよりやわらかい、びっくりするほど伸び縮みするなど、実際に触らないとわからないことも多い。
一般的なカッパはゴワゴワしているが、ワークマンのレインウェアには、普通のアウターとして着られるくらいやわらかいものがあります。そういうものがあると知ってもらう機会をつくるのが店舗です。

楠木 でもね、O to Oにしろ、顧客接点の大切さにしろ、みんな言っていることです。

土屋 そうですね。特別難しいことではありません。

楠木 1個1個については、多くの経営者が言っているし、やっている人も多い。でも、この話にコクがあると思うのは、戦略のストーリーとして無理なくつながっているということなんです。ワークマンは商品をつくるところから売るところまで全部ロジックでつながっている。ストーリーの全体丸ごとを解読しないと、ワークマンの強みの正体はわかりません。

(最終回へつづく)

楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。

土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。