「高機能・低価格」という4000億円の空白市場を開拓し、10期連続最高益。ついに国内店舗数ではユニクロを抜いたワークマン。12/28「日経MJ」では「2020ヒット商品番付(ファッション編)」で「横綱」にランクインした。
急成長の仕掛け人・ワークマンの土屋哲雄専務の経営理論とノウハウがすべて詰め込まれた白熱の処女作『ワークマン式「しない経営」――4000億円の空白市場を切り拓いた秘密』が大きな話題となっている。
このたび、朝2時半起きの土屋専務と、競争戦略の第一人者である一橋大学ビジネススクールの楠木建教授が初対談。数々の企業を見続けてきた第一人者はワークマンをどう分析しているのか。しびれる戦略とは何だろうか。(構成・橋本淳司)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を『ワークマン式「しない経営」』で初めて公開。本書が初の著書。「だから、この本。」でも5回のインタビューが掲載された。
「量の問題」を時間に
置き換える「しびれる戦略」
楠木建(以下、楠木) ワークマンの成功の裏には、当然、規模の経済があると思うんです。たくさんつくるから安くできる。
でも、競争戦略という分野で仕事をしている私からすれば、それだけではさほど面白くない。
企業や事業を見るとき、世の人たちは表層にある「業績」や「商品」に注目するわけですが、深層にある「理由」こそおもしろいんです。「なぜ規模の経済を実現できたのか」という問いが大切です。
土屋哲雄(以下、土屋) おもしろい問いです。
楠木 ワークマンが高機能・低価格製品で成功していることを競合他社はよく見て知っている。にもかかわらず、「なぜ」同じことをできない(もしくは、しない)のか。
私はいちばんのカギは時間を味方につけたことだと思います。時間的な奥行きが、ワークマンの成功の秘密だと思います。ここが本当にしびれるところです。
土屋 なるほど時間ですか。
楠木 ワークマンは「機能と価格に新基準」を標榜していますよね。
土屋 はい。
楠木 ダントツ商品に集中するのは企業戦略の基本です。商品を絞り、大量生産し、原価が低減できる。でも、これだけなら全然しびれません。私がしびれるのは長期継続販売です。たとえばワークマンのPB商品は複数年売り続けるのですよね。
土屋 新製品は原則5年間売り続けます。
楠木 つまり継続販売を前提として販売計画がつくられるわけです。
一般的にアパレルは1シーズンでの売り切りが大前提。トレンドは毎年変化していきますから。変化していく流行をあからさまに追いかけるファストファッションはもちろん、ベーシックなものであっても、従来のアパレル業ではその季節での売り切りが目標になります。
土屋 PB製品を開発するときは5年間の生産体制を組んでいます。毎年新柄を出す製品もありますが、原料である生地の柄が変わるだけでデザインや製造方法は変わりません。
楠木 長期継続販売を製品企画の段階から意識しているわけです。これがアパレル業の宿命だった「コストと品質のトレードオフ」を乗り越えることになります。
土屋 規模の経済をつくっているのは、実は時間というわけですか。
楠木 量を時間に転化する。従来は「量の問題」として考えられていたもの、たとえばコストの低減などを、時間に置き換える。ここに私はしびれるんですね。
ワークマンの成功要因は
時間的な奥行き!?
土屋 もともと作業服は継続性を重視していたのです。
作業服はお客様がいったんメーカーを決めるとリピート率が高い。それに流行りすたりがない。そのため製品を廃棄しなくても、売れ残ったものは翌年また販売できます。
基本的に在庫処分セールが必要ないのです。通常10年間は同じ製品の供給を続けてきました。そうした素地があったから、PB製品を開発しても、5年は売り続けようという発想が自然に生まれたのだと思います。
楠木 量は見える。しかし、時間は見えない。だから普通の経営者は時間的な奥行きをもった戦略をなかなか考えられない。考えたとしても実行するのが怖い。
土屋 怖いというのは?
楠木 量的な方法はすぐに結果が見えます。生産量を10倍にしようと決断すれば、その瞬間に規模の経済が発生します。うまくいこうがいくまいが、結果はすぐにわかります。
土屋 そうですね。
楠木 一方、時間は奥行きがあります。
1番目の打ち手はこれ、2番目はこれ、3番目はこれと、いくつものステップが入ります。その間に周囲の環境も変数も発生しますから、想定していた打ち手を変える必要が出てきます。
時間を相手にするというのは闇の中を進むがごとく、見えないから怖い。
生産量を10倍にしようというのも確かにリスクですが、それよりも時間を相手にしたほうが、ずっと怖い。多くの経営者が目先の結果にとらわれがちなところを、ワークマンは腰を据えてできている。
土屋 自分たちでは英断をしているような感覚はなくて、常に恐る恐る、ゆっくり歩んできただけです。
楠木 そこが戦略のストーリーのロジックとして完成されている証だと思います。
ふつうは怖いことが、プロ用の商品の長期継続販売に絞り込むことで怖くなくなる。自分の土俵に腰を据えてゆっくりと無理のない選択を繰り返してきた。だから他社はマネできない。1年目は少なめにつくる。これなどは時間を味方につけた戦略の典型です。
土屋 かなり少ないのでお客様が朝7時に並ぶとか、メルカリで転売して3倍の値段がつくなどの現象が起きています。
楠木 この1年目の販売実績からデータを集めて2年目から大量生産をかける。
初年度の実験とデータ分析の強みですが、そもそも長期継続販売でないと絶対できないことです。
ワンシーズン売り切りが必須となる普通のアパレル業であれば、そんな悠長なことはやってられない。ここに決定的な違いがある。
土屋 時間的優位ですか。考えたことありませんでした。
楠木 ワークマンの成功の秘密は時間的な奥行きにある。これが私の結論です。
土屋さんの著書『ワークマン式「しない経営」』をじっくり時間をかけて読めばわかります(笑)。そこに気づかず、読者が見出しになっている打ち手だけをマネたら大変危険です。需要予測システムを開発したり、発注業務を自動化したりと考えてもうまくいかないでしょう。