2020年に創立100周年を迎えた昭和女子大学。学内の変化を引き続き促していく坂東眞理子理事長・総長

男子校はあっても男子大学というものはない。一方で女子大学には今でも確固たる需要がある。とはいえ、四半世紀前から短期大学がその姿を消していったように、時代に合わせて変身していくことで生き残ってきた。昭和女子大学は、なぜ20年で志願者が4倍になるほど人気が高まったのか。初めは学長として、途中からは理事長と総長を兼務しながらこの女子大をけん引している坂東眞理子さんと森上展安・森上教育研究所代表がその背景について語り合う。(ダイヤモンド社教育情報、撮影/平野晋子)

坂東 眞理子 (ばんどう・まりこ) 昭和女子大学理事長・総長

1946年富山県生まれ。東京大学卒。69年総理府に入り、75年総理府婦人問題担当室(のちの男女共同参画室)発足時に参加、初めての『婦人白書』(78年)の執筆を担当する。埼玉県副知事、在豪州ブリスベン総領事、総理府男女共同参画室長、内閣府男女共同参画局長等を歴任。2003年昭和女子大学理事・教授、2007年学長に就任。2016年から現職に。2006年刊の著書『女性の品格』は300万部を超える超ベストセラーとなった。最新刊は『賢く歳をかさねる人間の品格』(SB新書)

偏差値を引き上げた新学科と新学部

 東急田園都市線「三軒茶屋」駅に近い人見記念講堂は音楽ファンにはなじみのコンサート会場である。その名を冠した人見圓吉が創立した昭和女子大学は2020年に100周年を迎えた。しつけに厳しいことで有名だった女子大学が、時代の変化に合わせてこの20年間で大きくその姿を変えている。立役者となっているのが、超ベストセラー『女性の品格』の著者でもある理事長兼総長の坂東眞理子さんだ。

[聞き手]森上展安・森上教育研究所代表

――昭和女子大の偏差値が比較的短い間にぐっと上がりました。今では学科によりますが、日本女子大や、東京女子大と肩を並べています。それは何が原因だったのですか。

坂東 新しい学科・学部が受験生の方たちに評価されたからだと思います。2007年に学長となってすぐ設立の準備をしました。それまであった英語コミュニケーション学科に加えて、2009年に国際学科を設立しました。

――ボストン(米国・マサチューセッツ州)に海外キャンパスがありますね。

坂東 その昭和ボストン(1988年に開設)は日本で最初に学科全員で留学を卒業要件にするなど英語で頑張っていたのですが、これからはアジアも重要と思いまして。上海交通大学(中国・上海市)とは古代鏡の復元を支援したり、日本関連書籍を寄贈したり以前から大学間の交流がありました。中国の名門大学ですし、せっかく協定もあるので、もっと留学生を送って実質的な学生の交流を始めようと。国際学科は英語 + アジア語 or ヨーロッパの複数言語の習得というコンセプトで新設しました。

――ということは、中国語もおやりになるんですね。

坂東 はい。未修でも留学レベルまで伸びています。最初はなかなか志願者が集まりませんでした。しかし、だんだん知られるようになってから評価が上がりました。私が来る前に文学部は人間文化学部に改称し、新たに人間社会学部を開設していました。2017年にはこの人間文化学部から英語コミュニケーション学科と国際学科を分離して、国際学部を新設しています。

――昔あったすべての学部の名称が変更されたわけですね。

坂東 他にも、人間社会学部には福祉社会学科という新しい学科を設けています。

 新設した学部もあります。2013年には、女子大初の経営系学部となるグローバルビジネス学部を設けました。一般の大学には経営系の学部はたくさんあります。後から同じことをしても仕方がない。昭和女子大の強みはグローバル、つまり国際的な分野にあるので、それと組み合わせました。新しい分野に進出する際には、既存のものとは違うアプローチをした方が無駄な戦いにならないのではないかと。2020年には、環境デザイン学部環境デザイン学科を新設しています。

――他にも動きはあったのですか。

坂東 家政学部が改組された「生活科学部」には、当時、栄養士の資格が取れる「生活科学科食物健康学専攻」がありましたが、その専攻にプラスして、食べ物だけではなくスポーツや精神的な美容など、より質の高い健康サポートについての総合的能力を身に付けさせる「健康デザイン学科」を作りました。2021年からは学部名も食健康科学部に名称変更します。