カニバリゼーションは、
なぜ起こらなかったのか

リバース・イノベーションは、<br />実際どうなのか、GEで訊いてみました<br />【対談前編:GEヘルスケア星野和哉×小林喜一郎】小林喜一郎(こばやし・きいちろう)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。『リバース・イノベーション』日本語版の解説を執筆。

小林 性能が同じでコストは半分という製品が登場すれば、当時のアメリカの製品開発拠点がカニバリゼーション(注1)の危機感を持っても不思議ではありません。日本拠点で安い製品をつくることへの抵抗感はなかったのでしょうか。

星野 CT開発は合弁前から行われていたという経緯もありますが、出資比率が51対49とGEがマジョリティを握るなかで、比較的に自由にやらせてもらっていたので、GE側に懐の深さがあったのでしょうね。

 CT8600を発表したのが1982年ですが、その前年にCEOに就任したジャック・ウェルチが来日し、横河電機の開発や製造の現場を見て、感銘を受けたそうです。伝聞情報なので正確ではないかもしれませんが、現場を見た後でウェルチが「これはすごい。この人々にもっと開発させろ」と命じ、開発投資が一気に倍増した、という話を聞いたことがあります。

小林 本の中で、GEは1980年代に超音波診断装置はCTやMRI(磁気共鳴断層撮影装置)のカニバリゼーションの対象になると予想したうえで、ウェルチが開発を進めさせた、というくだりがあります(注2)。そこでは、日本だとは書かれていませんが、ウェルチが現場を見て、すごいと驚いたのでしょうね。

星野 そうかもしれません。さらに、日米の市場特性の違いも背景としてあります。アメリカでは今でも、画像を撮るときの診療報酬が欧州や日本の2~3倍にもなります。アメリカの市場は自然とプレミアム志向となり、コストをあまり重視せず、最高性能や最高画質の製品をつくっていれば売れた時代が長く続きました。

 日本では、診療報酬が低いことに加えて、アメリカにはいない手強い競合が存在しました。しかも、私たちは後発参入だったので、対抗上、コストやサイズなどで特徴を出さない限り、市場に食い込めませんでした。

 要するに、もともと異なる市場セグメントの製品を目指していたので、真正面からのカニバリゼーションは起こらなかったのです。

小林 日本の開発チームは、GEの技術資源を自由に使えたのでしょうか。

星野 合弁の条件としてGEがマジョリティをとれば、GEの資源に自由にアクセスできるという取り決めになっていたと聞いています。CT8600では、画像構成や画質の決め手となるセンサーなどで、アメリカの技術を一部導入しました。国産MRIを初めて開発する際には、グローバル・リサーチセンターから人を派遣し、アドバイスしてくれました。

【注】
1)自社商品が市場で競合して、顧客や利益を食い合う現象のこと。
2)書籍『リバース・イノベーション』120ページを参照。