武蔵野の景観を残す湧水2つの池を囲む「都立善福寺公園」。善福寺川は杉並区の中心を大きく蛇行しながら東に向け横断して行く。その源が、区の西のはずれに位置する湧水・善福寺池である。上池・下池と呼ばれる2つの池を取り囲んだ都立善福寺公園の面積は約7万8000平方メートル。そしてこの公園を中心として、約59万平方メートルの地域が風致地区の指定を受けている。環境を保証された周囲の町、善福寺1~4丁目は、紛れもなく「公園のまち」である。

 武蔵野の自然をそのまま取って保存したような園内。西郊であることを差し引いても、都内には得難い四季折々の風物が顔を見せる。

 春にはソメイヨシノが花を開く。夏には青葉、そしてそれが紅葉する秋。そして、今年のように降雪があった年には、まさに絶景の冬景色が展開する。

カルガモ
 また、公園は都内でみることの少なくなった、様々の生物が生きるサンクチュアリでもある。カルガモ、カイツブリ、マゲラ、バンなどの水鳥。夏に舞う色とりどりの蝶。放流されたヘイケボタルは6月中旬ごろから初夏の闇に淡い光を灯す。秋には、水際を好むトンボの群舞が陽光を浴びて反射する。

 この好ましい環境は、立地によるところも大きいかも知れない。最寄り駅の西荻窪、上石神井のどちらからもバス便で15分~20分。交通上の条件が、環境を荒らすほどの人数を運んでこないのだ。桜の時期の一時を除いては、公園は付近住民の共有する広い庭のような存在である。

スイレン
 上池ではボート遊びができる。とはいえ、スイレンの群生を傷つけないように岸辺には無数にクイが打たれている。自然を侵さぬように、人間も分をわきまえているわけだ。ここは広大な、自然からの借景なのである。

 池をめぐる歴史と伝説杉並区内の、それも善福寺川沿いには縄文式・弥生式土器の出土が多く見られる。豊かな水を使っての、古代人の生活がここに展開していた証拠であろう。

江戸時代は
将軍家の狩場として

 歴史にこの地が残されはじめるのが、12世紀ごろである。この一帯は旧名を「遅野井」というが、その名の起こりは奥州征伐(1189年)に向かう源頼朝が、ここで井戸を掘ったことにあるとも言われている。また、現在の地名になった寺が、鎌倉時代に建てられていた、いう風説もある。

 その「善福寺」は、大地震で起きた洪水で崩壊したと伝えられているが、確たる資料は残っていない。現在ある曹洞宗の寺はその後、少なくとも室町以後に建てられたものである。