「情報は多ければ多いほどいい」は大間違い
内田:そのようなガラス張りのデータ管理をやる一方で、顧客管理はしないというのがなかなかユニークです。
土屋:マス・マーケティングで十分だと思っています。お客様を名前で管理しようとすると費用がかかります。誰が何を買ったかを把握するために、小売業がよく使うのが会員カードで、個人情報や性別、年齢などの属性情報を登録し、一人ひとりにIDをつけ、購買行動を細かく把握する。でも、会員カードはコストがかかり、個人情報の負担管理も大。ポイントカードをつくって1%還元する仕組みをつくると、当社の場合、粗利が35%しかないのに1%減ると、営業利益が3%減ってしまいます。
内田:情報は得られるけれど、コストを考えると割に合わないということですか。
土屋:コストに加え、氏名などの個人情報を取得すると、漏洩リスクにも備えなくてはならない。
内田:ある著名な学習塾の人に聞いたのですが、かつて生徒の成績管理を行い、本部に膨大なデータベースをつくって各教室の生徒一人ひとりの点数をすべて集約していたそうです。結論から言うと、それは無駄とわかってやめたそうです。
土屋:無駄ですか。
内田:ええ。大事なことは個々の教室の平均点が上がっていることが大事で、一人ひとりのデータは本部で持っていてもあまり意味がないということです。
Aさん、Bさんの成績が上がり、Cさんの成績が下がったという情報は、各教室の先生がもてばいい。本部で必要なのは、そのエリアの教室の先生のパフォーマンスだと。データは集めればいいというものではないことを、そのときに学習塾の経営者から教えてもらいました。
土屋:私も同じようなことを試みたことがあります。お客様アンケートを3000人分とり、店舗の品揃えに活かそうとしました。それを2、3ヵ月かけてじっくり分析したのですが、会社にフィードバックできたものは1つもありませんでした。
内田:なるほど。
土屋:青森の店舗のお客様は、職人より農業従事者が多かった。農家の方も作業服を着るから、農業者向けの品揃えをしたらどうかと考えていた。ところが商品の売れ方に特徴があるわけではなく、店舗ごとに品揃えを変えなくてもいいとわかりました。作業服を40年やっているうちに、特徴をある程度吸収できる標準化ができているのだと判断しました。
内田:個々データより、店舗のデータを見ればわかる話なので、それ以上細分化しても現時点ではコストの割に効果が限定的ということですね。
土屋:そうです。職種データさえ不要だとわかりました。なんらかの成果物を得たかったのですが、どうこじつけても出てこなかったのです。
内田:現在はエクセル経営でデータを把握していますね。
土屋:実はワークマンが標準化の鬼だったことが、エクセル経営に活かされています。
店舗面積、品揃えが標準化され、値引き販売もしないのでデータ精度が高い。そのため20店舗くらいでデータをとってもプラスマイナス5%くらいで当たります。
内田和成
早稲田大学ビジネススクール教授東京大学工学部卒、慶應義塾大学経営学修士(MBA)。日本航空を経て、1985年ボストンコンサルティンググループ(BCG)入社。2000年6月から04年12月まで日本代表。09年12月までシニア・アドバイザーを務める。BCG時代はハイテク・情報通信業界、自動車業界幅広い業界で、全社戦略、マーケティング戦略など多岐にわたる分野のコンサルティングを行う。06年4月、早稲田大学院商学研究科教授(現職)。07年4月より早稲田大学ビジネススクール教授。『論点思考』(東洋経済新報社)、『異業種競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『スパークする思考』(角川書店)、『仮説思考』(東洋経済新報社)、『リーダーの戦い方』(日経BP社)など著書多数。
Facebook:https://www.facebook.com/kazuchidaofficial
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。