「大きな田舎」から華やかな都市へ変身できた理由

 しかし、視点を変えると、合肥など地方都市側にも改善すべきところがあると思う。つまり外国人を虜(とりこ)にする魅力は足りない、あるいは人々の心の琴線に触れるようなアピールができていないのだ。

 たとえば、合肥市は「大きな田舎」と長年、揶揄されていた。魅力不足という一面は確かにあった。しかし、この10年間で、経済の大躍進を遂げ、町全体が華やかに変身できた。その躍進に大きく貢献したのは、日本ではBOEという略語で知られる京東方と、フラッシュメモリーの一種であるNOR型フラッシュの中国最大手企業の北京兆易創新科技(兆易創新)の存在を避けては通れない。

 1993年に設立されたBOE(英語名はBeijing Oriental Electronics Group)は、ディスプレー製造分野では、世界屈指の規模を誇る企業だ。合肥市で最先端液晶パネル工場を稼働させている。BOEを誘致するとき、合肥市政府は年間財政収入の80%に相当する投資を約束した。その約束を守るために、市の地下鉄プロジェクトを一時ストップさせたほどだ。

 賭博のような賭けだと言われたこの決断は、合肥市を中国有数のディスプレー製造基地に押し上げた。BOEのこの最先端液晶パネル工場の成功は多くの提携企業の進出を促進し、合肥の物作り路線を大きく推進させた。

 この成功に大きな自信を得た合肥市は17年に、企業誘致の目標をDRAM(Dynamic Random Access Memory、ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー)に絞った。そして、中国フラッシュメモリーの大手、兆易創新と共同出資して、半導体メモリDRAMの国産化のためのChangXin Memory Technologies(CXMT)を設立した。出資金の配分は合肥市が75%で、兆易創新が残りの25%となった。

 CXMTの国産化半導体メモリーDRAMの量産に対して、日本のメディアは「中国企業はこれまで家電などに使う安価な普及品の半導体は手掛けていたが、DRAMなど高度な半導体は手掛けていなかった」と振り返ったうえ、「当初の生産能力はシリコンウエハー換算で月産1万枚程度とみられ、世界の生産量全体の1%未満。だが高機能半導体を海外企業に依存する中国にとって、今回の量産開始は大きな一歩となる」と高く評価した。

多くの半導体企業が合肥市へ進出

 合肥市政府はCXMTのために巨額の資金をつぎ込んで、生産ラインを構築したばかりでなく、DRAM関連の特許も共同出資で購入した。投資会社にもなかなかできない投資後のフォローも丁寧にしているという。19年9月から、CXMTは世界の主流DRAM製品と肩を並べる8GB DDR4の量産も始めた。そのCXMTの影響で、多くの半導体企業が合肥市に進出することになった。

 こうした合肥市の努力は日本でも「中国が悲願の半導体国産化に向け、手を緩めない姿勢が浮き彫りになった格好」と受け止められている。

 04年から12年まで、私は中国各地の主要都市をかなり回ってみた。コロナ自粛が収まったら、次なる「明日の星」になる都市を洗い出すために、また各地を回ってみようか…緊急事態宣言が続く東京で私は、ひそかにこうした企画を練り始めている。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)