教育改革は親の反対で暗礁に

 2000年代初期、上海では画一的な詰め込み型の教育への改革を求める声が高まった時期があった。子どもの負担を減らし、創造性ある教育を求める声が、ユニークな教育思想を持つ私立の学校の数を増やした。しかし、「子どもに負担はかけたくないが、有名校に進学できないのは困る」という保護者の懸念が、結局、教育改革を元のもくあみにしてしまった。

 当時、筆者は華東師範大学を訪れ助教授に意見を求めたが、そこで得た回答は次のようなものであった。

「中国では競争は当たり前。その競争社会を矛盾なく支えているのが、家庭・学校・社会の価値観の一体化です。異なる価値観を与えないということは、子どもに逃げ場を与えません。子どもに勉強以外の選択がないということは、中国の子どもにとって当たり前のことなのです。英才教育は人間の基礎として残っていく重要なものであり、中国では今後もさらに英才教育重視が続くと思います」

 上海は詰め込み型を見直す教育改革のただ中にあったにもかかわらず、この助教授は冷静だった。そして彼女が“予言”したように、その後20年近くを経ても、詰め込み型の英才教育は変わらなかった。

 その成果は確かに出ている。国際数学オリンピックなど輝かしい舞台で中国籍の優勝者が目立つ、というのもその象徴だろう。近年は先進国にもなかったユニークな発想をもとに、IT技術を駆使して社会の課題解決を進めている事例もある。中国に存在する“理数系に強い優秀な人材”が相当な厚みで存在していることがうかがえ、また中国政府もそれに誇りと自信を持っていることが見て取れる。

 一方で、“一握りの優秀な人材”からドロップアウトした子どもたちは、何とかして自分らしい生き方を見つけようともがき苦しんでいる。中国の有名大学への道が閉ざされ、行き場を失った学生たちが、「日本には名前を書くだけで入学できる大学もある」という情報を頼りに来日して受験するケースもある。

 泣きじゃくる幼児の手を繰り返し定規でたたき、「良い成績を取れ」とヒステリックになる若いお母さんの虐待にも近い動画が語るのは、世代交代しても中国のエリート教育が旧態依然として変わらないことの示唆だ。子の苦労がわかるだけに、「生まない」ことを選択するカップルさえいる。

 多くの矛盾を抱えながらも連綿と続く中国式のエリート教育。果たしてそれは、世界の人々が歓迎する価値になるのだろうか。

(ジャーナリスト 姫田小夏)