ビッグデータだけでは
病気のリスクは減らない

――個人情報の集合体でもあるビッグデータを取り扱ううえで、どのようなことが重要になりますか。

ビッグデータがつくる治療から予防へのヘルスリテラシーKOICHI MURASHITA
弘前大学健康未来イノベーションセンター(医学研究科附属) 副センター長・教授。COI副拠点長。青森県庁、ソニー(マーケティング部門)、東京大学フェローなどを経て、2014年より現職。文部科学省COIとAIとの新たな展開検討会合委員をはじめ、文部科学省戦略的研究プロジェクト事業審査委員など政府・自治体の地域イノベーション(産業政策)関連の委員会委員・審査委員等多数。専門は地域産業(イノベーション)政策論、社会医学。

 弘前大学COIではデータ収集に当たり、受診者へのインフォームドコンセントをかなり丁寧にやっています。大規模健診では参加していただく住民全員に対して中路教授があいさつし、教授陣が一人ひとりにデータ収集の趣旨を説明して、納得していただいて同意書にサインをもらっています。地道な作業ですが、信頼関係のうえで成り立つ研究ですから、そこはしっかりやっています。それに加えて大学のなかにデータ管理委員会を置いて、利用や参画企業との共有などについて厳しく運用する仕組みをつくっています。

 このようにデータの運用を慎重に行っているのは、情報漏洩に対してはもちろん、データの改竄にも十分注意を払わなければならないためです。一度取ったデータの信憑性・一貫性をしっかりと担保することが重要で、そういった意味で大学はデータの管理に適した要素を持っていると思います。

――ビッグデータをさらに蓄積し、分析を進めれば、たいていの病気のリスクは回避できるようになるでしょうか。

 弘前大学COIの一つの目標として、認知症や生活習慣病を予測するアルゴリズムの開発があり、これはいずれ実現すると思います。最近、研究に加わった解析チームはスパコンを回して、それこそ一瞬で解を導き出すのですが、彼らは医学的常識に囚われず、純粋に数字の相関だけを見て答えを出すので、我々が驚くような結論を導き出します。まだ仮説レベルで今後検証が必要ですが、もしかしたらすごい発見につながるかもしれない、ワクワクするような見解を示してくれます。

 しかし、いくらビッグデータを解析して、病気になるリスクを高精度に予測できたとしても、そもそも健康意識の低い人は情報に接しようとしませんし、リスクを目の前に示してもなかなか行動を起こそうとしません。病気にならないためには、やはり受け手側の健康リテラシーを高める必要があることを痛感しています。いま、我々は健康に関心の薄い人に向け、関心を高めるための健康教育を中心とした「新健康チェック・啓発プログラム(新型健診)」というものを提唱しています。半日ほどの健診で、その場で判定して指導するというものです。健康意識の低い人を啓発して行動変容を促すという取り組みは、ビッグデータの研究成果を社会実装するに当たってきわめて重要なテーマだと思っています。ぜひこのような、産学官民が連携するイノベーティブな弘前大学COIの取り組みを通じて、真の社会イノベーションを実現していきたいと思います。