京急が理想とする乗務員の姿とは何なのか。元車掌のA氏から興味深い話を聞くことができた。以前、京急のある運転課長は運転士見習いを前に電車の運転士ではなく「京急の運転士になってほしい」と語ったという。

 どういうことか。運転課長はたまたま見かけた京浜東北線の運転士が「よそ見する、手放しする」などひどい勤務態度だったとして、彼らは「運転士ではなくて、ただ乗っているだけの人」。だからJR東日本は「お金をかけて勝手に電車が止まるようにしたり、ホームから人が落ちないように柵を付けたりしている」と言うのだ。そして、そうではない京急の運転士こそが真の運転士であるとして、運転士の卵たちに奮起を迫るのである。

 なるほど、確かに機械のバックアップに甘えて、基本動作がおろそかになるのは問題かもしれない。しかし、この人間優位の捉え方には根本的な誤りがある。人間優位とは、人間にしかできない、あるいは人間の方が優れた点を尊重する思想であって、機械のバックアップを不要とする考え方ではない。機械に頼らず、人間の手で仕事をしているから優れているというのは、ただの精神主義である。

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 2019年の踏切事故後に始めた取材で話を聞いた現職・元職の京急社員の数は10人近くに上る。彼らが口をそろえて言うのは、声を上げたくても何もできなかったという無力感だ。しかし、彼らは同時にこう言う。「辞めていった人たちがようやく会社も変わったなと思えるように、残った元同僚の待遇が少しでも良くなるようにという思いで証言している」のだと。

 彼らを追い詰めていたのは私たちである。京急は熱心なファンが多くいることで知られ、顧客満足度調査でも上位に位置している。その陰でガバナンスの欠如や労働問題は見過ごされてきた。

 筆者も鉄道業界にいた身として、京急のサービスには学ぶべき点が多々あると考えてきたが、その裏側で従業員がどのように働いているか、全く考えたことはなかったことを告白する。そして、その上で問いたい。京急は変わることができるだろうか。