「いつも近くにいるので、AさんやBさんの視点も、メンバーの視点もよく理解できます。この週末、私は一体何を思ってこの事業に向き合っているのか真剣に考えていました。自分も本当にこの事業が好きだし、やりがいを感じています。他のメンバーも同じ想いだと思います」

 このやり取りを横で聞いていた別部署のDさんは、こう言いました。

「Cさんからは、それなりの熱量は感じたし、AさんやBさんとの熱量の差は感じなかった」

 また、別部署のEさんからは、

「メンバーが自分の期待値に達しないのは、熱量の問題より、その人たちのスキルが単純に不足しているからでは?」という指摘がありました。

 さらに、EさんがマネジャーBさんに対して、

「ギャップを感じるとどんな感情が湧いてくるのですか? また、その感情が湧かないのはどういうときですか?」

 と質問しました。

 すると、Bさんは、

「目標が未達になりそうなとき、『腹立たしさ』と『もどかしさ』の感情が出てきます。一方で、気持ちが穏やかなときを考えてみると、最近の出来事ですが、KPI、つまり重要業績評価指標の設定を変更したら、必要な営業活動を行ってくれるようになりました。いい仕組みがつくれると、人は動くと実感し、イライラが減った気がします」

 そこで、EさんはさらにAさんとBさんに質問をしました。

「では、仕組みより事業に対する想いの強さの違いに目が行くのは、どんなときでしょうか?」

 AさんとBさんが考え込んでいると、Dさんがこう発言しました。

「もしかしたら、『想いを持つこと』はどういうことかをもう一段掘り下げることができていないのでは? だから、こういうときにすぐに言葉が出てきにくいのかもしれません。

 チームの中で想いが違ったらガッカリするから、そこを掘り下げるのを避けているとか。

 本当は事業への想いだってみんな、それなりの熱量はあると思うのです。

 でも、互いに違ったら嫌だなと忖度(そんたく)し合って、自分たちが大切にしたい熱いものについて話すことを避けてきたのかもしれません」

 この対話を振り返り、AさんとBさんは、

「マネジャーとして仕組みも考えないのに、メンバーに想いが足りないとフィードバックしていたのかもしれないですね……」

「イライラしている問題に自分がこういう形で加担しているのかということが本当に発見だった」

 と口々に感想を述べてくれました。

 この対話が終わった後、私は5人に、次のようにフィードバックしました。

自分一人では見えなかったことが他者の視点を借りることで、自分が問題の一部であることを発見したのですね。そうすることで、相手を変えようと必死に頑張るより、自分からできることを具体的に発見することができたのですね。組織には様々な問題がつきものですが、問題を通じて、もっと組織をよい状態にすることができるのです。これがまさに対話なのです」

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宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。