『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、17万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回は特別編として、前回記事で登場した書評ブロガーDain氏と読書猿氏の「独学対談」が実現。Dain氏が初の著書『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』(技術評論社)を上梓して1年の節目に、『独学大全』との共通点について二人で語ってもらった。(取材・構成/谷古宇浩司、編集/藤田美菜子)

読書猿が語る「スゴ本」と「普通の本」をわける唯一にして絶対の条件Photo: Adobe Stock

「読書論の読書論」という痛快な試み

――読書猿さんは、Dainさんの『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』(以下『スゴ本本』)を、どのように読みましたか?

読書猿 紹介するのが、とても難しい本なんです。ブログを普段読んでいる人には、「あのスゴ本ブログが本になったんだよ」と言えば、それで済みます。ただ、知らない人にどう説明すればいいのか……。

Dain ははは、確かにそうですね(笑)。

読書猿 日本一有名な書評ブロガーが書いた本ということなら、この本は「書評」というカテゴリーに分類されるのかもしれません。ただ、確かに書評ではあるのですが、同時にこの本は書評を書評した本でもあるんです。

たとえば、松岡正剛や立花隆のような博覧強記の読書家が書いた「読書論」についての書評ばかり集めた章があって、個人的にはこの章が一番おもしろかったですね。

そこには、読書論の古典として名高い『本を読む本』(モーティマー・アドラー/講談社学術文庫)の話も出てきます。『本を読む本』に対して、Dainさんなりの「読み方」を紹介することで、この本の欠陥を浮き彫りにし、やっつけてしまうところが実に痛快です。

あらゆる人にとっての「一点物」のような本

読書猿 その意味では、この本を「書評」に加えて、「読書論」というカテゴリーに入れることもできるでしょう。とはいえ、取り上げているテーマやトピックでカテゴリーを考えるなら、なにせ扱っている本の範囲がやたらと広いので、たとえば「狩猟の本」でもあるし、「物理学の本」でもあるということになる。

Dain  もともと編集さんからは「読書論」を依頼されて書き始めたんですが、確かにそうはなっていないですよね(笑)。

読書猿 こんな具合に、単一のカテゴリーに収めるのが困難なので、説明しようとすればするほど困ってしまう。これはもう、「スゴ本」というカテゴリーだとしか言いようがありません。

いい本とは、「まるで自分のために書かれたような本」だという見方があります。そう感じるのは錯覚にすぎません。しかし、実力のある作家であれば、不特定多数の人に「私のために書かれた本」だと錯覚してもらうことを目指して書くものです。

それこそ、聖書は世界中に熱心な読者がいて、昔も今も、そしてこれからもずっと読まれつづけるでしょう。読者はなぜ、これほど聖書に感動するのか。それは「自分のことが書いてある」と思うから。すぐれた文学の秘密のひとつは、おそらくそこにあります。

本来は不特定多数に向けて書かれた本でも、ある読者が、「自分のために書かれたとした思えない、特別な、一点物のような本」だと感じれば、その人にとってはその本が最良の部類に属する一冊になる。

『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』も、既存のカテゴリーに収まらないからこそ、あらゆる読者に「自分のために書かれた本」だと錯覚させるポテンシャルを持っています。もちろん、私にとってもそうです。そのことが、この本自体を「スゴ本」たらしめているのだと思います。

「遅れてやってきた者」だけが持つ強さ

――『スゴ本本』で、Dainさんが言及されている「本との出会い方」について、印象に残っているものはありますか?

読書猿 ずばりタイトルにも表現されているとおり、「本そのものではなく、本を読んでいる人を探す」という点ですね。このコンセプトが全体に響き渡っているところが、この本を数多の書評本から際立たせています。

私自身、探しものの一番のコツは「自分より前に存在しているはずの、自分より前に同じものを探した人」を探すことだと考えています。なので、この本のメッセージにはおおいに共感するところです。

私は、自分のやっていることを「フィロロギー(文献学)」だと自認しています。フィロロギストとは、遅れてやってきた者。文献があること――つまり、「それを書いた賢い誰か」が先にいることを前提として成立しています。

「書評家」も、本来は遅れてやってきた者ですよね。書評の対象となる書物が先になければ成り立たない。なのに、プロの書評家になるほど、「読者より本のことに詳しい者」を演じようとして、読者に先んじた「あなたの知らない本を教えてあげますよ」という立場を取ろうとします。

その立場を手放して、本来の遅れてきた者のポジションを取るとどうなるか? そのときこそ、スゴい本をこれでもかと紹介する、スゴい本が完成するのです。

Dain  読書猿さんにそんな風に言ってもらえるなんて、この本を書いて本当によかった。ありがとうございます。読書猿さんの『独学大全』と僕の『スゴ本本』の共通点は、まさに「遅れてきた者」だからこそ書けたというところですね。

すごい本との「偶然の出会い」をデザインした1冊

読書猿『独学大全』の中で、私は「本との出会いを運まかせにするな」と書き、偶然に頼らず書物と出会うための技法を紹介しました。その意味では、書評を介して本に出会うのは、偶然といえば偶然です。しかし、評者が遅れてきた者のポジションを取ることで、本当の意味でのスゴ本が集まってくる。そんな偶然を、この本はデザインしているのだと思います。

Dain  もし、「あなたの知らない本を教えてあげますよ」という態度で書評するなら、きっと、私が紹介する本は、「わたしが知ってる本」だけに限られてしまうでしょう。そんな上から目線の書評家に、だれもお薦めしたくはないでしょうから。

とても狭いジャンルで偉そうにしている読書家を、沢山見てきました。そんな人を反面教師にして、「わたしが知らないスゴ本」を教えてください、としているのです。

読書猿 この本が発売されたのは、ちょうど1年前の2020年4月30日。昨年もコロナ禍中で非常事態宣言が出され、非日常が常態化しはじめた、まさにそんな時期でした。ちなみに、4月30日は「図書館記念日」でもあります。

これは、二度とないようなタイミングと言えるのではないでしょうか。面白そうな本がこれでもかと紹介されていて、片っ端から読みたくなるのに、肝心の図書館は閉まっている……。そんな中で、読書への欲求を再認識した人も多かったのではないでしょうか。そんな、良くも悪くも奇跡のようなタイミングで世に出た、運命的な本だと感じています。

読書猿(どくしょざる)
ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。『独学大全』は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした主著。
なお、最新刊『独学大全』の「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。
Dain(だいん)
書評ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」管理人。ブログのコンセプトは「その本が面白いかどうか、読んでみないと分かりません。しかし、気になる本をぜんぶ読んでいる時間もありません。だから、(私は)私が惹きつけられる人がすすめる本を読みます」。2020年4月30日(図書館の日)に『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』(技術評論社)を上梓。