人種差別という原罪と
警察組織が抱える闇歴史

 そもそも世界で最も豊かな国アメリカで、なぜこんなにも多くの民間人が市民の命を守るはずの警察官に不当に命を奪われなくてはならないのか。じつは、その背景には白人至上主義者のトランプ前大統領が煽りたてた人種差別という、アメリカの原罪と警察組織が抱える闇の歴史があるのだ。

 アメリカの警察暴力の根は日本で想像する以上に深い。源流は17世紀の植民地時代の奴隷制社会まで溯る。白人が黒人より優れているという考えが当たり前だった時代だ。その後、南北戦争を契機として1863年にリンカーン大統領がゲティスバーグで奴隷解放宣言を行ない奴隷制は廃止されたはずだった。

 ところがタバコや綿花のプランテーションで労働力が必要だった南部諸州では、黒人の公民権を剥奪する「人種隔離法(ジム・クロウ法)」を制定。そのため実質的な奴隷制が20世紀半ばまで続くことになったのだ。

 黒人差別は凄惨を極めた。米国の南部12州では1877年から1950年の73年間にリンチ(私刑)によって殺害された黒人が3959人にもおよんだという調査報告がある。しかし、リンチを実行した白人は誰ひとりとして逮捕・起訴されていない。白人の安全と利益を守り、奴隷制維持の片棒を担いでいたのが他ならぬ自治体警察だったからだ。

 もちろん現在は黒人警官も多くいる。だがアメリカの警察組織には白人至上主義という負の歴史が色濃く残っているのである。

 国が警察の権限を掌握している日本と違い、連邦制のアメリカでは州の権限が非常に大きい。警察制度も各自治体が独自に持つ自治体警察で成り立っており、約1万8000もの個別の警察組織が存在している。細分化による不十分な監督体制や未熟な訓練が、警官による暴力が終わるところを知らない理由のひとつになっている。

 そこに根深い人種差別が加わって黒人に対する警察暴力が起きるのだ。非武装の黒人が警官に射殺される割合は、白人のじつに8倍も高い。一方、問題行動で罷免された元警官の多くはほとぼりが冷めた頃に復職できたり、近隣地域の警察から声をかけられて採用されたりする。団結力が強い労働組合が暴力警官を声高に擁護することもしばしばだ。

 フロイド殺害事件後、ミネアポリス議会議員9人が市警察への予算拠出を打ち切って警察解体を求めたことも頷ける。しかしミネアポリスのジェイコブ・フレイ市長はそれを拒否した。警察改革は政治的に触れたくないという風潮がいまだに根強く残っているのだ。警官が違法に民間人を殺害した事件件数についての、公式統計すら存在しない。