「限定的免責」条項を盾に
過剰な武力を振るう警官も

 さらには、アメリカには警官を訴訟から守る「限定的免責(qualified immunity)」条項が存在する。それを盾に容疑者に過剰な暴力を振るう警官も少なくない。しかも現行犯でなくても令状なしで逮捕が可能だ。人権などそっちのけなのである。典型的なケースとしては以下のような例がある。

 すっかり暗くなったアメリカ南部ジョージア州アトランタ市内の目抜き通りを1台の車が走り抜けようとしていた。乗っていたのはふたりの黒人大学生。すると突然、数人の警察官に停止を命じられた。

「お前たち刑務所にぶち込まれたいのか!両手を出せ!」

 その日はフロイド殺害事件後で、警察暴力に対する抗議デモのため夜間外出禁止令が出ていたのだ。学生たちは渋滞で遅くなったと説明したが、警官は問答無用で運転席側の窓を割り、彼らにテーザー(電撃銃)を発射して失神させた。学生たちは武器を持っていなかった。

 緑豊かなニューヨークセントラルパークでジョギング中の28歳の白人女性がレイプされる事件が起きた。1989年のことである。警察はたまたま公園に居合わせた10代のアフリカ系とラテン系の少年たち5人を犯人だと決めつけて逮捕。自白を強要された少年たちは有罪となり6年~12年の刑に服した。いまでも「セントラルパーク・ファイブ」事件として多くのアメリカ人が記憶している冤罪事件だ。

 さらに唖然とさせられるケースとしては、2018年にジョージア州でタンポポを摘んでいた87歳の女性を警官がスタンガンで制圧した事件がある。自宅近くの青少年クラブの敷地に生えているタンポポをナイフで摘んでいたところ、施設職員の通報で駆けつけた警官が発砲して彼女を気絶させ手錠をかけたというのだ。

 ナイフを捨てろという指示に女性が従わなかったためだというが、相手は87歳の女性だ。しかも英語が話せなかった。

 それでも地元の警察署長は、「現場における脅威を阻止するためだけの最小限度の力の行使だった」と警官を擁護している。

 もちろん正当防衛で警察官が容疑者を射殺することはある。なにしろ3億丁という膨大な数の銃が氾濫している国で、武装しているかもしれない容疑者と立ち向かわなければならないのだから。その恐怖から判断ミスを犯すこともあるだろう。しかし、警官による黒人殺害の件数はミスと呼ぶには明らかに多すぎるのだ。