エジプトとスーダンは、かつてイギリスに植民地支配されていた。宗主国のイギリスは19世紀末から20世紀初頭にかけて、エジプト・スーダン間の国境策定を実施。最初は北緯22度線上に長さ約1200キロのまっすぐな国境線を引いたが、それを3年後に取り消して再策定。北緯22度線のエジプト側に位置する「ハライブ・トライアングル」という一帯をスーダン領とし、スーダン側に位置する「ビル・タウィール」をエジプト領とした。再策定した国境線が紅海の近くで蛇行しているのは、遊牧民の土地利用の実態を踏まえたためだという。

 この国境線をエジプトとスーダンは受け入れ、しばらく平穏な時が流れたが、20世紀末に事態は急展開を迎える。

一方の土地を領有したら、
もう一方の土地は相手国のものに

 1992年、スーダンがエジプトの了解なしにハライブ・トライアングルでの油田権を外国企業に与えたため、エジプトが怒り、軍を出動させてこの地を実効支配しはじめたのである。

 国際法によると、2国が2つの土地の領有権を争う場合、一国が2つとも領有することはできない。すなわち、一方の土地を領有したら、もう一方の土地は相手国のものにしなければいけない。

 ハライブ・トライアングルの領有権争いにおいて、エジプトは「最初の国境線が正しい」と主張したのに対し、スーダンは「再策定された国境線が正しい」と主張。両国ともハライブ・トライアングルを自国領とすべく、野心をむき出しにした。ハライブ・トライアングルを領有すると石油利権が手に入るが、ビル・タウィールを領有してもなんの利益も見込めないのだから、当然といえば当然である。

 かわいそう(?)なのは、エジプトにもスーダンにも不要扱いされたうえ、遊牧民も利用しなくなったビル・タウィール。誰からも必要とされなくなった約2000平方キロの広大な「無主地」は、新しい主人の登場を静かに待っている。