継続の秘密は「小さい行動」から始めること

 サリカのような経験はめずらしくない。多くの人がモチベーションの「高揚」と「消沈」のあいだを行き来し、不安や失望に陥っている。

 炭酸飲料をやめたい、朝早く起きたい、毎晩自宅で夕食をつくりたい、収入をきっちり管理したい、毎日、自己研鑽の時間を持ちたいなど、切実な願いは人それぞれだ。

 多くの人が感情の起伏を経験する。サリカは、健康的な習慣を身につけられないことについて仕方ないと思える日もあれば、落ち込む日もあった。彼女の自信はほぼゼロで、自分には永続的な変化を起こす能力がないのではないかと感じていた。

 だがついに、サリカは習慣をデザインする効果的な方法に出合った。タイニー・ハビットの方法で、小さく確実に、日課を組み立てるようにしたのだ。

 毎日、20分の瞑想を目指す代わりに、「リビングの真ん中に置いたクッションに座り、3回だけ深呼吸する」ことにした。朝食をすべて手づくりすることを目指す代わりに、「キッチンに入ったらまずはコンロの火をつける」ことにした。
理学療法に沿った30分の運動はやめ、「お気に入りの青いヨガマットで30秒、ストレッチをする」ことにした。

 サリカはそこから出発して能力と自信を伸ばし、これらの小さい習慣が日課として根づくまで繰り返した。やがて、習慣は成長した。何年も身につけようとしてきた日課を習慣化し、以前より健康になり、自炊やキッチンの片づけ、運動、瞑想、水やりなども毎日できるようになった。

 サリカは私に、かつて経験したことのない「レジリエンス(立ち直る力)」の感覚を得た気がすると教えてくれた。

中断しても「再開」すればいいだけ

 サリカによると、この経験の最大の収穫は、健康的な習慣を手に入れて症状を管理できるようになったことにも増して、自信を得たことだった。彼女はいまでは、望むことはほとんど何でもかなえられると知っている。小さいことから始めさえすれば

 だから気分がすぐれず、日課をこなせない日があっても、自己嫌悪には陥らない。

 最近、足を捻挫して何日か横になっていたことがあった。彼女が住んでいる建物にはエレベーターがないので、以前なら「どうしていつも私ばかりこんな目に?」と思って泣いていたはずだという。

 だがこのときは、精神的な悪循環に陥らずに痛みを受け入れることができた。ケガが治ったら健康的な習慣に戻れるとわかっていたので、焦らずに過ごせたのだ。

 そんなふうに感じられたのは、小さい習慣は再開するのも簡単だからだ。大きな山ではなく、小さな丘に登るだけでいい。いたってシンプルだ。それでいて、実際の行動だけでなく、日々の気分にも効果絶大だ。

 気分がすぐれないときは無理をしない。明日になればもっと日課をこなせるとわかっている。

 モチベーションが高まった日には、小さい習慣の丘を登ってもまだ心と頭に余裕を感じ、新しいことを試してみたくなり、どんなことを生活に取り入れられるかと考えるほどだ。

 すべてが以前より軽やかで、実行できると感じられる。

 新たな習慣を始めたくなったときは、圧倒されるのではなく、胸が躍り、好奇心をそそられる。そんな心境の変化が、人生のすべてのことに波及していった。

 サリカが、「変わるときは徹底しなければならない」という神話を克服して成功できたのは、行動につながるいちばん確実な方法に従ったからだ。

 つまり、「実行しやすさ」のダイヤルを調整し、物事をシンプルにしたのだ。

(本原稿は『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)からの抜粋です)

BJ・フォッグ(BJ Fogg, PhD)
スタンフォード大学行動デザイン研究所創設者兼所長
行動科学者
大学で教鞭をとるかたわら、シリコンバレーのイノベーターに「人間行動の仕組み」を説き、その内容はプロダクト開発に生かされている。タイニー・ハビット・アカデミー主宰。コンピュータが人間行動に与える影響についての実験研究でマッコービー賞受賞。フォーチュン誌「知るべき新たな指導者(グル)10人」選出。スタンフォード大学での講座では、行動科学の実践により10週間で2400万人以上がユーザーとなるアプリを開発、リーンスタートアップの先駆けとして大きな話題になった。教え子からインスタグラム共同創設者など多数の起業家を輩出、シリコンバレーに大きな影響を与えている。『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』はニューヨークタイムズ・ベストセラーとなり、世界20ヵ国で刊行が進んでいる。

須川綾子(すがわ・あやこ)
翻訳家
東京外国語大学英米語学科卒業。訳書に『EA ハーバード流こころのマネジメント』『人と企業はどこで間違えるのか?』(ともにダイヤモンド社)、『綻びゆくアメリカ』『退屈すれば脳はひらめく』(ともにNHK出版)、『子どもは40000回質問する』(光文社)、『戦略にこそ「戦略」が必要だ』(日本経済新聞出版社)などがある。