【人を動かせない理由】
指示が「抽象的」だから行動できない

 コーヒーフィルターから始まった変化は、争いの種になっていたあらゆる行動に波及した。

 マイクと妻のカーラは、クリスの怒りや不満は途方に暮れている状態の表れなのだと理解した。部屋の掃除や請求書の支払いといった大きなことをするように諭しても、クリスは何から始めていいのかわからず、恥ずかしさと怒りと無力さを感じていたのだ。

 だが、具体的なことを小さい行動に分解し、「タオルは洗濯かごに入れてくれる?」とか「使ったお皿はシンクに置いてくれない?」といった問いかけをすることで、クリスはより大きな課題に向けて足場を築くことができた(中略)

 私は最近、マイクと彼の事業のことで話をしたが、彼は家庭内の変化について意気揚々と語った。

 クリスはまだ一緒に暮らしているが、アルバイトを2つこなしてアパートを借りるための資金を貯めている。親子関係はクリスの幼児期以来もっともよくなった。張り詰めた風船は空気が抜けて、家族みんなが結びつきが強くなったと感じている。

 クリスは自分から食事に加わり、以前より笑顔が多くなって打ち解けている。以前より理解されていると感じ、両親は人生を歩んでいく息子の力になれていると感じている。マイクはときどき家族の様子を見て、団欒が実現したことが信じられないような思いでいるという。

 そしてさらに、マイクはここ何年ものあいだで初めて、クリスから誕生日プレゼントをもらった(2日ほど遅かったが、そんなことはどうでもいい)。

 包みを開けると3枚のレコードがあり、彼のソウルミュージックのコレクションにスティーヴィー・ワンダーとレイ・チャールズ、ジェームス・ブラウンが加わった。マイクは息子をしっかり抱きしめ、涙をこらえながら「ありがとう」と言った。

 クリスはほほ笑んだ。「たいしたことじゃないよ、パパ」

(本原稿は『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)からの抜粋です)