スタンフォード大学の行動科学者であり、スタンフォード大学行動デザイン研究所の創設者兼所長が20年かけて開発した「人間の行動を変える衝撃メソッド」を公開した『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)が刊行となった。本国アメリカではニューヨーク・タイムズ・ベストセラー、ウォール・ストリート・ジャーナルベストセラー、USAトゥデイベストセラーとなり、すでに世界20ヵ国で刊行が決まっている。
「ダイエット」「勉強」「筋トレ」といった日々の習慣から、「起業」「貯蓄」など大きな目標に向かう行動、悪習を「やめる」という行動、さらにはパートナーや子ども、部下など「他人の行動を変える」方法まで、行動の変化に関するあらゆる秘訣を網羅した驚異的な一冊だ。
著者はそれがどんな種類の行動であれ、すべて「能力・モチベーション・きっかけ」の調整によって変化を起こせると説く。本書の理論を頭に入れれば、今後の人生においてとても大きな武器となり財産となるはずだ。
では、具体的にどんな理論であり手法なのか。本稿では本書から特別に一部を抜粋して紹介する。
1つの差:最低限の「小さな義務」があるかどうか
それは歯医者の椅子に座り、フロスをサボっていることをやんわりと注意された日のことだった(注意されるのは初めてではなかった)。
なんともばつが悪いではないか? 行動科学者だというのに、歯の手入れひとつできないとは。ときにはモチベーションが高まることもあったが(歯医者に行った翌日など)、それ以外の日はとくに思い出すこともなかった。
私はモチベーションの波に身をゆだねていたのだ。
そのときふと、行動モデルの「能力」の要素(その行動に対する自分の能力の高さ)に着目すれば、フロスを毎日の習慣にできるはずだと思いついた(注:行動モデルとは、行動を「モチベーション・能力・きっかけ」の3つの要素で考えるモデルのこと。本書参照)。
歯科衛生士が最終チェックのために歯科医を呼びにいっているあいだ、「どうしたらフロスを簡単にできるようになるだろう?」と自問した。
そして、その方法が頭に浮かんだが、歯科衛生士には言わなかった。笑われるに決まっているからだ。
私が出した答えは「たった1本の歯をフロスすること」だった。
冗談ではない。朝の歯磨きを終えたら、歯を1本だけフロスする。たったそれだけ。
ひどくばかげていると思われるだろうが、これがうまくいった。
最初の数日は、シンプルさを維持するため、1本の歯だけフロスした。
だが私はあるルールを設けた。フロスしなければいけないのは1本だけだが、さらに多くの歯をフロスするのは自由としたのだ。約2週間後には、1日2回、すべての歯をフロスするようになっていた。以来、その習慣をずっと続けている。
行動計画を立ててしまえば、欠かさずフロスをするのは簡単だった。
しかし、これが実現した背景には、ある重要な、そして複雑な仕組みがある。
「発見のための質問」をする
私はフロスをばかばかしいほど簡単にすることで問題を解決したが、その前にこの行動を難しくしている原因を解明する必要があった。
必要な問いかけはこうだ──この行動の実行を難しくしている原因は何か?
私が研究と長年の経験から突き止めたのは、その答えには次の5つの要素のうちいずれか1つ以上が含まれているという事実だ。
私はこれら5つを「能力の要素」と呼んでいる。内容は以下のとおりだ。
・この行動を実行するのに十分な「時間」はあるか?
・この行動を実行するのに十分な「資金」はあるか?
・この行動を実行する「身体的能力」はあるか?
・この行動には「知的能力」が多く求められるか?
・この行動は現実の「日課」に組み込めるか、それとも調整が必要か?
あなたの「能力の鎖」の強さは、もっとも弱い「能力の要素」の輪によって決まる。
「この行動の実行を難しくしている原因は何か?」と自分に問いかけると、どの要素が最大の問題なのかが見えてくる。これを私は「発見のための質問」と呼んでいる。
ただし、「難しくしている原因」といっても、少し難しくしているだけの場合も含むので注意してほしい。行動の実行を妨げるあらゆる障害を検討するのだ。
具体的に考えてみよう。
たとえば、「7分間の筋トレ」を行う習慣はどうか。大半の人にとっては、簡単そうに聞こえるだろう。だが本当にそうだろうか?「能力の鎖」を使って分析してみよう。
「時間」はおそらくもっとも強い輪だ。ほとんどの人にとって、7分の時間を確保するのは簡単だ。少なくとも、1日に30分の運動をするのに比べれば簡単なはずだ。
「資金」はどうか? 筋トレは家でできるのでお金はかからない。
「身体的能力」は? さて、どうだろう。人によっては、7分間の筋トレは簡単かもしれない。だが、多くのエクササイズ系アプリは、筋トレをする際、自分を極限まで追い込むように要求する。そうなると簡単ではない。つまりこうしたアプリの指示に従うと考えると、身体的能力の輪は弱いということになりそうだ。これだけでも、7分間の筋トレを習慣にする努力を妨げるには十分である。
もっとも弱い「輪」を改善する
ここで私の、フロスの小さい習慣の話に戻ろう。
フロスに要する時間はたったの数秒だ(時間)。
お金はほんの少ししかかからない(資金)。
やり方は知っていた(知的能力)。
生活にはうまく組み込めた(日課)。
つまり、これらの要素はすべて強力な輪だった。だが、「身体的能力」という要素について考えたとき、意外なことに気づいた。
フロスは実行するのが身体的に難しかったのだ。
溝を掘るとか、車を持ち上げるわけではないのだから不思議に聞こえるかもしれないが、私には難しかった。かなり個人的な理由だが、私は歯と歯の間隔がとても狭いので、フロスするのが難しいのだ。
そのことは歯科衛生士からも指摘されていて、フロスを歯のあいだに通すのがひと苦労だった。フロスを入れるのも大変だが、取り出すときはまるで歯を抜いているような感じがした。
糸はぼろぼろで使い物にならなくなるので、一回抜くとまた新しいフロスが必要になる。
「能力の鎖」のうちのこのもろく小さな1つの輪は、私に何ヵ月も連続でフロスをサボらせるほど弱いものだった。行動が難しく、モチベーションも低かったため、このままではフロスの習慣が定着することは絶対になさそうだった。
そこで私はフロスを簡単にするために何をしたのか? 私は自分の歯に合うフロスを探した。約15種類のフロスを買って試してみると、自分にぴったりの製品が見つかった。
(本原稿は『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)からの抜粋です)
スタンフォード大学行動デザイン研究所創設者兼所長
行動科学者
大学で教鞭をとるかたわら、シリコンバレーのイノベーターに「人間行動の仕組み」を説き、その内容はプロダクト開発に生かされている。タイニー・ハビット・アカデミー主宰。コンピュータが人間行動に与える影響についての実験研究でマッコービー賞受賞。フォーチュン誌「知るべき新たな指導者(グル)10人」選出。スタンフォード大学での講座では、行動科学の実践により10週間で2400万人以上がユーザーとなるアプリを開発、リーンスタートアップの先駆けとして大きな話題になった。教え子からインスタグラム共同創設者など多数の起業家を輩出、シリコンバレーに大きな影響を与えている。『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』はニューヨークタイムズ・ベストセラーとなり、世界20ヵ国で刊行が進んでいる。
須川綾子(すがわ・あやこ)
翻訳家
東京外国語大学英米語学科卒業。訳書に『EA ハーバード流こころのマネジメント』『人と企業はどこで間違えるのか?』(ともにダイヤモンド社)、『綻びゆくアメリカ』『退屈すれば脳はひらめく』(ともにNHK出版)、『子どもは40000回質問する』(光文社)、『戦略にこそ「戦略」が必要だ』(日本経済新聞出版社)などがある。