伊藤忠商事がインドネシアで建設中の石炭火力発電所について、運転開始後に売却する方針を固めたことが分かった。世界的な脱炭素の流れにのまれ、商社が石炭ビジネスから続々と撤退しているが、伊藤忠はさらに踏み込んで業界初の石炭火力ゼロを目指す。一方、その他の商社は新規の石炭火力プロジェクトを着々と進めており、商社の脱炭素方針は「グリーン・ウォッシュ」(見せ掛けの環境保護)との批判も上がっている。特集『商社 非常事態宣言』(全15回)の#1では、商社が石炭ビジネスで繰り広げる撤退戦の裏側に迫る。(ダイヤモンド編集部 重石岳史、田上貴大)
伊藤忠が発電所完工後に売却を模索
商社が繰り広げる石炭ビジネス「撤退戦」
インドネシア・ジャワ島中部のバタン県。田畑が広がるのどかな農村地帯で、日本の官民が関わるセントラルジャワ石炭火力発電所の建設工事が大詰めを迎えている。二酸化炭素の排出量を抑えた超々臨界圧技術で2000メガワット(MW)の発電容量を誇る巨大発電所だ。
伊藤忠商事は、電力会社のJ-POWER(電源開発)と現地の石炭採掘会社と共にコンソーシアムを組成し、2011年にインドネシア電力公社(PLN)と25年間の売電契約を締結して以来、プロジェクトの取りまとめ役を担ってきた。伊藤忠の出資比率は32%、発電量にして640メガワットとなる。総合商社の中で電力ビジネスが最も弱い伊藤忠が手掛ける唯一の石炭火力発電だ。
建設は困難を極めた。地元住民らが環境悪化を理由に建設に反対し、用地買収が難航。警察と住民が衝突し、負傷者も出ている。工期は当初予定より大幅に遅れながらも、間もなく完成する見通しだ。
だが伊藤忠は、この発電所の完成と営業運転開始を見届けた上で、25年間の契約満了を待たずに売却交渉を模索する方針を固めた。同社の石井敬太社長がダイヤモンド編集部の取材に「供給責任を果たした上で売却交渉に入る」と明言した。
石炭火力発電所の完工前に、事業者が売却方針を固めることは極めて異例だ。しかも電力ビジネスは、前述の通り長期売電契約が基本で利益の取りこぼしが少ない“うまみ”の大きい安定事業だ。
にもかかわらず、伊藤忠が売却方針を固めたのはなぜか。そうせざるを得ないほど世界的な脱炭素の流れが加速し、撤退圧力が強まっているからに他ならない。
伊藤忠は、温室効果ガスの排出量を40年までにオフセットゼロ(排出分と削減貢献拡大による差し引きゼロ)とする目標を掲げている。削減効果の大きい石炭火力発電所の完全撤退を他社に先駆けて実現し、目標達成への具体的な道筋を付ける構えだ。
ただし、実際に売却できるか否かは不透明だ。三井物産も、インドネシアやマレーシアなどで稼働する石炭火力発電所の売却を模索するが、交渉成立には至っていない。
三井物産の堀健一社長は「資産売却を視野に入れて交渉を続けている。経済性の確保が前提だが、一定の保有資産を売却しなければ50年のネットゼロ・エミッションは実現できない」と語る。
伊藤忠や三井物産は、これまでより踏み込んで石炭火力からの完全撤退に動き始めた形だ。では競合他社はどうか。いずれも新規の石炭火力は手掛けず、中長期で排出量を削減する目標を一様に掲げてはいるが、撤退への「本気度」について温度差があることは否めない。
中には環境団体から「グリーン・ウォッシュ」(見せ掛けの環境保護)と指弾されてやむなしの問題案件もある。
次ページから、石炭火力発電が多い商社のランキングと、環境団体や機関投資家などからの撤退圧力が強まるのは間違いないプロジェクトの中身を見ていこう。