商社非常事態宣言#10Photo:Cravetiger/gettyimages

国内外を飛び回り、時には相手の懐に飛び込んで事業を成立させる――。コロナ禍に伴う移動制限やテレワークの増加は、こうした昔ながらの商社パーソンの働き方を激変させた。特集『商社 非常事態宣言』(全15回)の#10では、現場の最前線で働いている、若手・中堅社員の本音や不安をお届けする。(ダイヤモンド編集部 田上貴大)

コロナ禍の移動制限で海外出張が激減
商社の現役社員が吐露する不安とぼやき

「最近、ボタンの掛け違いがすごく多いんだよな」。ある総合商社の中堅社員は、取引先との間に生じてしまった一つの変化を痛感していた。

 商社は、売り手と買い手の両方と相対する。メーカーに対しては商品の生産能力を見極め、3カ月~半年の見通しを立てた上で受発注をする必要がある。誰かが取引上のトラブルを事前察知しなければならないが、そこで商社の出番だ。

 海外の生産工場を訪問し、「作業員の数が明らかに減っている」「工場に電気がついていない」といった異変を察知して国内のメーカー本社に報告を上げるのも、商社パーソンの仕事の一つとなる。

 だが、最近はそれができていない。理由は言わずもがな、新型コロナウイルスの感染拡大により、現地を頻繁に訪れることが不可能になったからだ。

 コミュニケーションの質が悪化すると、何が起こり得るか。信頼感の低下や作業の遅延など、恐れていた“事故”の発生だ。それが「ボタンの掛け違い」だけなら、まだいい。現地に赴けないことが招く最悪の事態を思い起こすと、もっとため息が出る。

 企業が複数の商社から取引先を選ぶ際、「どちらの商社と仲がいいか」で最終判断するケースはザラにある。従って商社にとって重要となるのが、「他社のあの人より多く来ていた」と取引先に思わせることだ。だからこそ商社は、海外企業の“お得意様”詣でを毎月のように繰り返す。

 しかし例えば、コロナ禍から早期に経済回復をした中国では、日本から営業に行けない間に地元の仲介業者に仕事を取られていた、ということが実際に起きようとしている。

 冒頭の中堅社員が不安に感じるのは、現地における自社の存在感の低下だ。「もう1年以上海外に行けていない。久しぶりに現地に行ったときに、浦島太郎のようになっているかもしれないな」。その社員はそう自嘲する。

 コロナ禍で在宅勤務が進み、オンラインでの社内会議や社外との商談が当たり前のように行われている。この流れは、多くの企業と同様に商社パーソンの働き方を一変させている。

 そもそも総合商社といえば、20代で年収1000万円に到達し、海外に駐在すれば、若手でも手当を含め「2000万円は優に超える」(現役社員)高年収で知られる。活躍のフィールドの幅広さも相まって、就職人気企業ランキングでは毎年上位に名を連ねる。

 商社パーソンは、粘り強い商談でビジネスを成立させることが求められる。故に帰国子女らに加え、体育会系の人材も多い。「石を投げれば体育会系に当たる」(住友商事OB)といわれるほどだ。

 そんな総合商社の最前線で働く若手・中堅社員は、コロナ禍の前まで、国内外を自由に飛び回っていた。そこに全世界的な「非常事態」が訪れ、移動が制限されるに至っている。

 現場の大方を占めるのは、「リモートワークになっても、基本的な仕事内容は変わらない」(三井物産の若手社員)という声だ。それでも社員の本音を聞き進めると、良くも悪くもコロナ禍で失われた三つのものが浮かび上がった。