米中対立の激化が商社に暗い影を落としている。各社首脳が先行き懸念を表明する中、最も中国ビジネスに強い伊藤忠商事は何を考えているのか。国有企業への6000億円投資など中国シフトを主導した岡藤正広会長CEOに直撃したところ、予想外の答えが返ってきた。特集『商社 非常事態宣言』(全15回)の#2は、その一問一答をお届けする。(ダイヤモンド編集部 重石岳史)
米中対立で日本企業が踏まされる「踏み絵」
三菱商事の“稼ぎ頭”原料炭ビジネスに打撃
「日本の国民だけだよ、戦争がもうないと思っているのは」
総合商社のある幹部がそう声を潜めるのは、激化する米中対立についてである。
米国と中国。世界1位と2位の経済大国同士の覇権争いは、バイデン米大統領の就任後も収まる気配はない。それどころか新型コロナウイルス危機も相まって、経済の分断(デカップリング)が加速しているようにすら見える。
冒頭の幹部は「香港に対してそうしたように、中国の習近平国家主席は自身の政権下で必ず台湾に侵攻する。米国はそれを見越し、日本を含む同盟国との関係を強化している。一触即発の緊迫した状況が続くだろう」とみる。この商社では「開戦」シナリオを具体的に想定しているという。
米中対立の余波は、既に商社の業績に影響を及ぼし始めている。
2021年3月期、三菱商事の連結純利益は前期の5354億円から1726億円に減り、業界首位から4位に転落した。その一因は、中国の動向にある。
コロナ禍からいち早く回復した中国が鉄鋼生産を増やし、原料の鉄鉱石価格が高騰。その結果、鉄鉱石に強い三井物産、伊藤忠商事、丸紅の業績が上振れたが、豪州に原料炭の権益を持つ三菱商事は恩恵を受けられなかった。豪州が新型コロナ起源の独立調査を求めたことに中国が反発し、豪州産石炭の輸入を制限したためだ。
豪州は米国の同盟国だ。米国陣営と中国がいつ、どのような形で“けんか”を始めるかは誰にも予測できない。だが、それが起きる確率は確実に高まっている。
中国の新疆ウイグル自治区で作られたユニクロの綿製シャツ製品に、米国が輸入差し止め措置を講じたのも対立の一環とみていい。三菱商事で現実化したように、米中対立が商社のグローバルビジネス網のどこかにヒットするリスクは極めて高い。
さらに深刻なのはデカップリングだ。米国も中国も、商社のみならず日本企業にとって重要な巨大市場だ。だが両国の対立が激化すれば、どちらかを選ばされる「踏み絵」を迫られかねない。
米国か、中国か――。冒頭の幹部は迷うそぶりもなく言い放つ。「米国だ。国際基軸通貨としての米ドルの座は揺るがない。ドル決済システムなくして国際貿易は成り立たない」からだ。
一方、明らかに中国にベットした商社もある。伊藤忠だ。
伊藤忠と中国のつながりは深い。1972年の国家正常化の半年前、伊藤忠は総合商社で初の友好商社に中国から指定された。15年には6000億円の巨費を投じ、中国政府系の金融複合企業、中国中信集団(CITIC)の発行済み株式の10%を取得。中国における伊藤忠の投融資保証残高は、21年3月末時点で業界断トツの7273億円(ネット)に達する。
CITICの株価は低迷しているが、伊藤忠は21年3月期、CITICからの会計上の取り込み利益として725億円を計上。三菱商事から純利益トップの座を奪う原動力となった。
この伊藤忠史上最大の投資案件を主導したのが、最高経営責任者(CEO)の岡藤正広会長だ。中国シフトに誤算はないのか。岡藤氏を直撃し、その疑問をぶつけたところ、予想もしない答えが返ってきた。