最低賃金を引き上げると
ヤミ労働市場が拡大する

 そしてもうひとつ、最低賃金の引き上げは経済学的にはさらに都合が悪い事態が起きることがわかっています。それがヤミ労働市場の拡大です。

 アメリカでは、最低賃金を下回る低い賃金で働いてくれる人たちがたくさんいます。不法入国者と呼ばれる人たちです。雇われる側は仕事が欲しいし、雇う側もコストが安くて都合がいい。最低賃金が高く設定されるほど、ヤミ労働市場は広がります。

 では、日本の場合はどうでしょう。最低賃金を破る企業はおそらくごく少数だと思われますが、日本の法律では企業に対してきちんとした抜け道が用意されています。自営業者に認定するのです。

 わかりやすい例が、ウーバーイーツです。ウーバーイーツの配達員はウーバーが雇用しているわけではなく、みんな自営業者です。自営業者とは賃金ではなく、売り上げで働く人たちです。ですから結果的に時給が400円になろうが、その低収入は自己責任として受け入れざるをえない働き方です。

 日本では他にも、美容師の業界や保育士の業界で、従業員ではなく自営業者としてしか雇用契約を結ばない企業が存在していて、最低賃金問題以上のあしき社会問題になっています。もし、今のタイミングで日本の政府が最低賃金を1500円に引き上げたら、おそらく自営業者が激増するでしょう。

 そして、企業も従業員を時給で雇う代わりに、レジ打ちを100回こなしていくらとか、弁当を100個作っていくらとか、出来高に応じて外注費を支払うようになるでしょう。そして計算してみるとわかるはずですが、その外注費を労働時間で割れば、おそらくは1500円に引き上げられた最低賃金よりも低い金額になるはずです。

 とどのつまり、最低賃金を適正な形で上げていくためには、国が経済成長するしかないのです。日本の最低賃金が安いと私が感じていても、単純に引き上げればいいというものでもない。解決策は日本経済にもっと発展してもらうしかないということで、経済学から導かれる結論は結構残念なものだったというわけです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)